武内朗「TV SONGS ベスト1000」- ぼくらのマガジーン/Gene


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TV SONGS ベスト1000


「TVガイド」や「TV Bros.」などのテレビ誌編集長を
歴任してきた武内朗さんが、
各年ごとのTVソング厳選20曲を
カセットテープのベストセレクション形式でご紹介。
脳内で再生しながらお楽しみください。


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record 1994a

1. Welcome to Ponkickies(GET UP AND DANCE)/キャスト 〜歩いて帰ろう/斉藤和義

  T.Armstrong & R.Smith作詞・作曲 光嶋誠・松本真介・松本洋介
  日本語詞 〜斉藤和義作詞・作曲 斉藤和義・松尾一彦編曲
  「ポンキッキーズ」
  (フジテレビ系 1993/10/1〜2006/3/25)オープニングテーマ

 「ポンキッキーズ」は、1973年の放送開始以来20年間続いた「ひらけ!ポンキッキ」を終了させたフジテレビが1993年10月に始めた後継番組。“母と子のフジテレビ”時代の精神的支柱とも言える「ひらけ!ポンキッキ」に手をつけるのは相当に大きな決断だったと思うが、ガチャピン&ムックをレギュラーキャストとして残すなどイメージとしての一体感を保ちながら見事に90年代以降の子ども番組を象徴するプログラムへと再生を遂げた。
 ポイントとなったのは「ポンキッキーズ」としてリスタートしてから半年後の1994年4月、「めざましテレビ」の放送開始に伴い放送時間が夕方に移動した時に、スチャダラパーのBOSE、電気グルーブのピエール瀧、そして鈴木蘭々と安室奈美恵の4人をレギュラー出演者としたことである(当時決してメジャーではなかったこの4人を選べてしまうあたりに当時のフジテレビの勢いが感じられる)。そしてこのときオープニングテーマに採用されたのがスチャダラパーの「Welcome to Ponkickies」(アルバム「スチャダラ外伝」収録の「GET UP AND DANCE」のイントロ部分を改作したもの。「GET UP AND DANCE」はFREEDOMというグループの同名曲のカバーである)と、斉藤和義の「歩いて帰ろう」であった。「Welcome to Ponkickies」の寸鉄人を刺すが如きみぞおちワクワク頭クラクラ感もさることながら、「歩いて帰ろう」の大らかさあふれる詞とサウンドが当時の子どもたちに与えた解放感も相当なものだったと思う。結果「ひらけ!ポンキッキ」譲りの音楽センスをアップデートなJ-POPの文脈に巧みにシンクロさせた「ポンキッキーズ」は、バブルライクな親世代(ガチャピン&ムックにシンパシーのある初代「ポンキッキ」世代でもある)をも味方につけて見事「ポンキッキ」の遺伝子を永く後世に遺すことに成功した。遺伝子は紆余曲折ありながら生き残り続け、「beポンキッキーズ」(BSフジ)として現在も放送中である。


2. 冬の散歩道(A Hazy Shade of Winter)
 /サイモン&ガーファンクル

  Paul Simon作詞・作曲
  「人間・失格〜たとえばぼくが死んだら」
  (TBS系 1994/7/8〜9/23)主題歌

 TBS系金曜10時枠7月クールドラマ主題歌。「冬の散歩道」はサイモン&ガーファンクル1966年のスマッシュヒットで、ロック的なアプローチが印象的な楽曲。映画「レス・ザン・ゼロ」のサントラの中でバングルズがカバーして、オリジナル以上のヒットになった。タイトル通り冬のくすんだ風景を彷彿とさせる曲で、夏のドラマである本作には不似合いのようにも思えるが、青春期の不安定な心情を写した歌詞がドラマの内容にドンピシャであった(主題歌としての許可がもらえなかったので挿入歌としてクレジットされたが、実質的には明らかに主題歌であった)。
 「人間・失格〜たとえばぼくが死んだら」は、脚本家・野島伸司が「高校教師」以来1年半ぶりにTBSの伊藤一尋プロデューサーと組んだ作品。学校が舞台であることと、赤井英和と桜井幸子が重要な役で出演していることが「高校教師」との連続性を感じさせるが、作品としての肌触りは相当に異なる。ストーリー展開は意外性に富み、確かに手に汗握らせはするのだが、一切の共感を許さない異様なキャラクターが次々に登場するいびつさは「高校教師」の詩情とは比ぶべくもなかった。だがそんな後味の悪さにもかかわらず(というか後味の悪さとセットだったからこそ)、このドラマをある種の清涼感と共に記憶している人は少なくないと思う。その清涼感の正体こそ、まだCDデビュー前だった堂本剛と堂本光一の二人の存在であった。エキセントリックの極みともいえる異常な物語世界の中で、二人の存在はまさに希望の象徴であり、ドラマの要であった。特に凄惨ないじめの末に6話で死亡する堂本剛演じた誠の絶望は、そこから後のすべての物語を動かす原動力となる深い悲しみであった。


3. 主題(Furuhata’s Theme)/本間勇輔

  本間勇輔作曲・編曲
  「警部補 古畑任三郎」(フジテレビ系 1994/4/13〜6/29)主題曲

 フジテレビ系水曜9時枠4月クールドラマ主題曲。脚本家・三谷幸喜の名を一躍全国区にした人気ドラマの第1シリーズ。このあと96年に第2シーズン、99年に第3シーズンが作られ、多くのスペシャル版も作られ、最終的に2006年のお正月に放送された3夜連続のファイナルまで足掛け13年にわたって作られ続ける長寿シリーズとなった。主演は田村正和。方向性の違う代表作を数多く持つ田村正和にとってもとりわけ異彩を放つ作品だったが、今となっては彼の最もポピュラーな作品になったといえる。脇を固める三谷組の面々、そしてゲスト犯人たちと田村の堂々の演技合戦が毎回楽しみだったが、その魅力の源泉はなんといっても脚本の抜群の面白さであった。犯罪ドラマにもかかわらず全編コメディータッチで貫かれていることに加え、本格ミステリー指向、ワンシチュエーション指向、引用好き、伏線好き、楽屋落ち好きなど、三谷の持ち味がこれでもかと注ぎ込まれた渾身の一作。夜明けの編集部で第2話(堺正章が歌舞伎俳優・中村右近に扮した回)の脚本を読み終えた時の興奮は、今でもはっきりと思い出すことができる。
 三谷本人も認めている通り「古畑任三郎」は明らかにアメリカの人気ドラマ「刑事コロンボ」の影響下にある。キャラクター設定に関わる大枠からごくごく細かなディティールに至るまでその影響は多岐に渡るが、このドラマが「コロンボ」から受け継いだ最大の遺伝子は「倒叙」というスタイルだろう。「倒叙」とは最初に犯人による犯行の模様が描かれその真相がどう暴かれるかが見どころとなるミステリーの一形式で、小説としてはフランシス・アイルズの「殺意」や江戸川乱歩の「心理試験」、最近では東野圭吾の「容疑者Xの献身」などで知られるが、この形式を最も有名にしたのはやはり「刑事コロンボ」ということになる。ドラマ的なメリットとして倒叙形式は犯人役に大物ゲストを起用しやすいという利点があり、さらに「古畑」の場合、ラストのいいところで田村正和とがっぷり四つで芝居ができる特典付きだから、ゲストのキャスティングはかなり自由に出来たと思うし、その犯人の豪華さがこの作品が長く人気を保った要因のひとつであった。
 実は「刑事コロンボ」のほかにもう一つ「古畑任三郎」に大きなインスピレーションを与えているドラマシリーズがある。「刑事コロンボ」と同じリチャード・レビンソン&ウイリアム・リンクが制作&脚本を手がけた1971年制作のドラマ「エラリー・クイーン・ミステリーズ」がそれである。そして「刑事コロンボ」からの最大の遺伝子が「倒叙形式」であるとするなら、「エラリー・クイーン・ミステリーズ」から受け継いだもっとも大きな遺伝子はラストCM前の「視聴者への挑戦」であった。 
 ドラマシリーズ「エラリー・クイーン・ミステリーズ」のストーリーはほぼレビンソン&リンクによるオリジナルであり、主人公エラリー・クイーンのキャラクターのみを原作に借りている(「エラリー・クイーン」というのは原作者の名前であると同時に主人公の探偵の名前でもある)。原作者エラリー・クイーンは、アガサ・クリスティーなどと並び20世紀初頭のミステリー黄金時代を象徴する推理作家。いとこ同士2人の共同執筆作家として知られ多くの傑作を残しているが、そんなクイーンを代表する人気シリーズに国の名前がタイトルに入っている「国名シリーズ」と呼ばれる一連の作品があり、このシリーズは終盤で「読者への挑戦」というページが挟み込まれることで有名だった。レビンソン&リンクはこの「エラリー・クイーン・ミステリーズ」の中で、探偵エラリーが突然カメラに向かって語りかけるという形でこの「読者への挑戦」の趣向をドラマに取り入れ、原作ファンを大いに喜ばせたのである。そして三谷幸喜がその趣向を「古畑」にも取り入れたのだ(もっともこの趣向は「さあこれで誰が犯人かわかりましたね?」という問いかけでこそ成り立つわけで、「倒叙」と「視聴者への挑戦」の組み合わせはそもそも無理があるのだが、そのありえない組み合わせを違和感なく全エピソードで成立させたのは、やはり三谷幸喜の筆力と田村正和の演技力の賜物だろうと思う)。
 そして「読者への挑戦」のほかにもうひとつ「古畑任三郎」が「エラリー・クイーン・ミステリーズ」に大きくインスパイアされていたのがタイトルバックと主題曲だった。以前三谷自身が「まさかジャズで来るとは思わなかった」と書いていたから、「古畑」がジャズテイストの主題曲を採用したのはたぶん演出サイドの判断だろうが、実際「古畑任三郎」のクールでスタイリッシュなイメージはこの本間勇輔の音楽に負うところが大きい。そしてこのジャズテイストの音楽とチェス盤をモチーフにしたグラフィカルなタイトルバックは、まさに「エラリー・クイーン・ミステリーズ」からの引用なのである。「エラリー〜」の音楽を担当したのはエルマー・バーンスタイン。ヘンリー・マンシーニによる「コロンボ」のゴージャスな音世界とは対照的なクールな主題曲であった。


4. My Sweet Home/小泉今日子

  小泉今日子作詞 小林武史作曲・編曲
  「スウィート・ホーム」(TBS系 1994/1/9〜3/27)主題歌

 TBS系日曜9時枠1月クールドラマ主題歌。小泉今日子がお父さんを亡くした直後の作品で、切なさがポロポロこぼれ落ちるような歌詞世界を綺麗にトレースした小林武史の胸キュンポップなアレンジがまた見事。小泉今日子のベスト作のひとつであり、同時に小林武史の最高傑作と言っていいだろう。
 「スウィート・ホーム」は、1991年4月クールの「それでも家を買いました」のラインを継ぐ一種のロールプレイングドラマで、今回は小学校受験=いわゆる「お受験」がテーマであった(「それでも〜」の原作者でもあった矢崎葉子の「うちの子は受かります」というノンフィクションノベルが元になっていた)。この時期旬なトピックだったお受験をメインテーマに持ってきたタイムリーさに加え、それなりに深刻なお受験物語をあくまで明るくドラマ化しきったことが成功の原因だろう。その任を担ったのは、貴島誠一郎プロデューサー&西荻弓絵脚本&山口智子・野際陽子コンビの「ダブルキッチン」チームである。特に西荻弓絵の脚本は過不足なく素晴らしく、のちに「ケイゾク」「SPEC」で別の鉱脈を見出すまで、「スウィート・ホーム」は長い間彼女の代表作だった。また、山口智子・布施博の主人公一家を中心に、段田安則・深浦加奈子、金田明夫・高樹沙耶らお受験を控えたほかの家族たちに対しても、各々キャラを立たせつつ一貫して愛ある視点で描かれており、そのこともドラマの後味をよくしている(段田、金田らはこのドラマから一般的な知名度を上げていったといってもいい)。そしてなんといっても山口智子が素晴らしい。間違いなくキャリアのピークを迎えたと言ってよく、ここからしばらく向かうところ敵無し状態が続くことになる。
 もうひとつ。この主人公一家は劇中でとてもよくビールを飲む。当時山口智子はサントリーの「ダイナミック」というビールのCMに出ており(「それがあなたのいいところ」というコピーが流行った)、布施博はアサヒの「エール6」というビールのCMに出ていたため、二人はそれぞれ自分が宣伝している銘柄のビールしか飲まなかった。この複雑な条件をクリアするために、毎エピソード実に様々な設定と演出が施されており(直接缶ビールを飲むことが多かったが)、それがなかなか楽しかった。


5. Wherever You Are
 /ドリームズ・カム・トゥルー

  吉田美和・Mike Pira 作詞 中村正人作曲・編曲
  「長男の嫁」(TBS系 1994/4/14〜7/7)主題歌

 TBS系木曜10時枠4月クールドラマ主題歌。木曜10時といえば80年代半ばから現在まで続き、多くのヒットドラマを生んできたフジテレビの看板ドラマ枠である。そこにこの時期、かつてこの時間枠から多くのヒットドラマを輩出してきたTBSがドラマ枠を復活させてきた。しかも狙っているターゲットもほとんど同じだったため、ここから5年半、クールごとに主要キャストが行ったり来たりするという全面戦争状態がしばらく続くことになる(主題歌のアーティストも結構行ったり来たりした。脚本家は不思議と色分けされていた)。一見のほほんとしたホームドラマの顔をした「長男の嫁」は、そんなTBSの宣戦布告第1弾として放たれた強烈な先制パンチだった。
 貴島誠一郎プロデューサーが目指したのは「“最旬オールスターキャスト”による新たな大家族ドラマのスタンダード」という相当に挑戦的な企画であった。集められたのは、バブル期を彩ったトレンディードラマやエキセントリックな話題作、あるいはドキドキの青春ラブストーリーなど、それぞれ近年に代表作を持つ豪華俳優たち。主人公である長男夫婦に浅野ゆう子&石田純一、そして姑に野際陽子(この時点で作り手側としてはすでにしてやったりだったことだろう)、さらに次男夫婦に段田安則&鈴木杏樹、三男カップルに山口達也&坂井真紀という布陣は、オールタイムで考えてもかなり豪華で的確な配役である。そしてこの大掛かりな仕掛けを見事にゴールまで導いた原動力は、何と言っても大石静脚本の力であった。決してありがちではない展開でありながらきちんとツボを心得、コミカルで、シリアスで、見るものの気を決してそらさない豊かな筆力。ここから大石静は現在まで20年以上にわたってほぼ切れ目なく代表作を生み出し続ける未曾有のドラマ脚本家となっていく。
 主題歌はDreams Come True。「晴れたらいいね」以来のドラマ主題歌で、ツインボーカルにアース、ウインド&ファイアーのモーリス・ホワイトが参加しているという原点回帰&ネタばらし的1曲。のちのコンピレーションアルバムにはほとんど収録されることがないが、間違いなく彼らの最高傑作のひとつであろう。


6. 愛が生まれた日/藤谷美和子・大内義昭

  秋元康作詞 羽場仁志作曲 萩田光雄編曲
  「そのうち結婚する君へ」
  (日本テレビ系 1994/1/15〜3/26)主題歌

 日本テレビ系土曜9時枠1月クールドラマ挿入歌。「そのうち結婚する君へ」は藤谷美和子主演、仲村トオル、世良公則共演のマリッジブルーもの。坂井真紀、吉田日出子、谷啓ら共演陣がユニークだったが、この曲はそんなドラマの成功度合いをはるかに超える破格の大ヒットを記録、90年代を代表するデュエットソングとなった。ヒットを牽引したのはなんといっても藤谷美和子の声の力である。意外やこれがデビュー曲。こんなに魅力的な歌声を持っていたとは思いもしなかった。各新人賞を総なめの上、全日本有線放送大賞ではなんとグランプリを獲得。大晦日にはレコード大賞にも紅白にも出場した。CMや学園ドラマで大人気だった頃からこの時点ですでに15年以上、こんなことならもっと早く歌わせておけばよかったとおそらく誰もが思ったのだろう、ドラマ終了から1年の間に、自らの主演ドラマ「ママのベッドにいらっしゃい」(1994年10月クールのテレビ朝日系木曜9時枠ドラマ。風間トオル、古谷一行、森且行共演。伴一彦脚本。テレ朝の伴一彦作品は珍しい)の主題歌「スペアキー」を含むシングル3枚&アルバム2枚がドカドカとリリースされた。総じて彼女のボーカルのレベルは高く、制作陣が彼女の表現力に追いついていない。このまま歌手活動をコンスタントに続けていればもっともっといい作品を生み出したに違いないが、その後リリースはパタリと途絶え、女優活動もままならない状況となる。
 デュエットしていた大内義昭は、DU-PLEXというバンドに所属(G.I.オレンジの「サイキック・マジック」の日本語版を歌っていた)したあと作曲家として活躍、この曲で予期せぬヒットを飛ばしたが、その後は故郷の九州で音楽活動を続け、2015年5月食道がんで亡くなった。


7. ドラマティックに恋して/広瀬香美

  広瀬香美作詞・作曲・編曲
  「上を向いて歩こう!」(フジテレビ系 1994/4/11〜6/27)主題歌

 フジテレビ系月曜9時枠4月クールドラマ主題歌。「上を向いて歩こう!」は、1991年の「東京ラブストーリー」によってテイストが変化する前の、業界ドラマ期の月9テイストを色濃く感じさせるコメディーで、脚本は伴一彦。主演は西田ひかると舘ひろし。ここまでほんとに健気に頑張ってきた西田ひかるにとっては念願の初主演。舘ひろしは現代劇ではほとんど刑事役ばかりだったから、両者にとってまさに勝負の一作となった。坂本九を先輩に持つマナセプロ所属の西田ひかるにとって「上を向いて歩こう!」というのはまさに虎の子のようなタイトルだから、その力の入りようがわかる(残念ながら大きな成果にはつながらなかったけれど)。
 広瀬香美は年末から年始にかけて「ロマンスの神様」が大ヒットを記録したことを受けてのすかさずの主題歌起用で、まさに絶妙のタイミングではあったが、月9ということで張り切りすぎたのか、それとも船頭が多すぎたのか、明らかに“やりすぎ”な一曲で、そこが少々残念であった。それでも彼女が冬以外に発売したシングルの中では最大の売り上げを記録している。


8. アリよさらば/矢沢永吉

  秋元康作詞 矢沢永吉作曲
  「アリよさらば」(TBS系 1994/4/15〜7/1)主題歌

 TBS系金曜9時枠4月クールドラマ主題歌。「アリよさらば」は矢沢永吉初のドラマ主演作。90年代初頭ならではの画期的な企画であり、ドラマ史上一・二を争う異色の配役であった。TBSの学園ドラマがミュージシャンを教師役に起用するのは最早お家芸になっていた感があるが、それでも矢沢永吉の起用には驚かされた。しかしこの起用は、おそらくそうしたTBS学園ドラマの伝統の文脈からではなく、前年7月の「課長サンの厄年」でのショーケン起用の成功が下敷きになっていたと思う。
 ショーケンがサントリー「モルツ」のCMに出演して「うまいんだなこれが」と言っていたのとちょうど同じ1992年ころ、同じサントリーの缶コーヒー「BOSS」のCMに矢沢永吉が出演、控えめなサラリーマンを演じて大きな話題となっていた。矢沢永吉を教師役にという発想の大元は、間違いなくこのCMであろう。逆に言えば矢沢に対してCM通りのさえないサラリーマン役でなく(つまり「日曜劇場」枠ではなく)、学園ドラマの香りが色濃く漂う金曜9時枠で昆虫好きの地味な生物教師役を振ったところに、秋元康&遠藤環コンビのオリジナリティーはあった(ファンの評判は今ひとつだったが)。いずれにしてもそれまでの“ザ・YAZAWA”的なイメージを自ら崩すようなこの時期の(「BOSS」CMからドラマ出演に至る)一連の活動が、矢沢永吉の全キャリアにおいて大きな節目になったことは間違いがない。これがあったことでその後の事業展開(?)の自由度はとてつもなく上がったはずだ。こういう類の軌道修正は自分からやろうと思ってもなかなかできないし、彼も考えてやっているわけではないだろう。無理なくそういうカードを引いてくる矢沢の勘の良さというか、運の強さはさすがである。
 主題歌は、こういう流れなので当然秋元康が作詞。一般論としてならともかく、教師目線と解釈すると役柄とは全く異なる上から目線のメッセージソングである。その意味では矢沢永吉にはあまりないタイプのナンバー。今もってCDシングルとしては自己最多の売り上げを誇り、アナログ時代を含めても「時間よ止まれ」に次ぐ自身2番目のヒットソングである。矢沢が自分の書いた詞を歌っているというのは秋元康のキャリアにとっても大きな勲章であろう。


9. サラリーマン/忌野清志郎

  忌野清志郎作詞 肝沢幅一作曲
  「ボクの就職」(TBS系 1994/4/10〜6/26)主題歌

 TBS系日曜9時枠4月クールドラマ主題歌。そして矢沢永吉の初主演ドラマと同じクールの日曜劇場に忌野清志郎をキャスティングしていたのだから、この時期のTBSはなかなかカッ飛んでいた。後年役者として数多くの映画やドラマに出演した清志郎だが、この頃のドラマ出演はまだ珍しかったのでこの出演もまた大きな注目を集めはしたが、矢沢の場合のようなセンセーショナルなニュースにはならなかった。売れないミュージシャン役というイメージを裏切らない役柄のせいもあるが、何よりこのころの清志郎の活動がなんでもありの百花繚乱期に突入していたからである。1991年のRC活動停止からの3年間も凄まじかったが(「パパの歌」のソロヒット、細野晴臣・坂本冬美とのHIS、ブッカーT&MG'Sとの共演などがあった)、94年の清志郎はもっと慌ただしい。2・3’sの活動を一段落させつつScreaming Revueをバックにしたソロツアーを開始、8月にはチャボとの一夜限りの復活野音ライブ“GLAD ALL OVER”を行う一方、竹中直人監督の映画「119」で映画音楽に初挑戦、5年ぶりにタイマーズも復活させた。正直変化が激しすぎて、ドラマ出演くらいでは誰も驚かなくなっていた。
 大きかったのは清志郎に主題歌を歌わせたことだ。この「サラリーマン」は清志郎が自発的には絶対に書かない(書けない)種類の曲で、仕方なく書いてる感満載でありながら当時の「日曜劇場」のスピリットを一撃で撃ち抜く印象的なテーマソングになった。この時期の「日曜劇場」はまさに「終わらないサラリーマンのドラマ」だった(個人的には次のクールの日曜劇場「オトコの居場所」に出て、三浦友和と共演していたら結構話題になっていたと思う)。
 「ボクの就職」は仙道敦子と結婚直後の緒形直人主演。脚本は竹山洋。先日亡くなった渡瀬恒彦がダブル主演とも言える父親役で共演していた。社長役で伊東四朗も出演しているが、渡瀬と伊東はTBSの「十津川警部シリーズ」での共演が始まったばかり(1992年放送開始。竹山洋が脚本を手がけていた)。最終的に2015年まで全54作でコンビを組む間柄となっていく。


10. 世界が終るまでは・・・/WANDS

   上杉昇作詞 織田哲郎作曲 葉山たけし編曲
   「スラムダンク」
   (テレビ朝日系 1993/10/16〜1996/3/23)主題歌

 ビーイングという会社は、基本レコード会社でもレーベルでもましてやタレントマネージメント会社でもなく、クライアントの要望に合わせて楽曲を作る音楽制作会社である。楽曲使用料ではなくCDセールスで稼ぐという方法論のタイアップで、この時期急速に成長した。そして彼らが生み出したモデルの中で最も長持ちしているのが、現在エイベックスやソニーミュージックも積極的に取り組んでいるアニメ主題歌の制作請負である。オープニングとエンディングをワンレーベルで独占し、ひとつのアニメの中で様々なアーティストが主題歌をリレーしていくという、今では当たり前となったスタイルを最初に定着させたのがこの「スラムダンク」だった(このパターンの最大の成功例が「名探偵コナン」である)。このスタイルの特徴は一つ一つの楽曲が必ずしもアニメの内容に寄り添っていないということ。それまでのアニメ主題歌は(ビーイングが手がけた「おどるポンポコリン」や「ムーンライト伝説」を含めて)ほとんどが作品に寄り添った楽曲だったので、これはひとつの転機だった。しかも「スラムダンク」では、そうした楽曲起用がことごとくプラスに働いた。
 放送開始から半年を経て登場した2代目エンディングテーマであり、WANDS最後のミリオンセラーとなったこの「世界が終るまでは…」(別名・三井寿のテーマ)も、例の「先生バスケがしたいです!」のところなどここぞという名場面で繰り返し印象的に使われ、視聴者の心に深く刻まれた。あれほどミリオンセラーを連発していたWANDSだが、カラオケなどで今も歌い継がれているのはこの「世界が終るまでは…」だけだ。いま現在アニメソングが大きなムーブメントに成長したきっかけの一つは、おそらくこのあたりにある。



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レコードイラスト:GATAG|フリー素材集 壱CC BY-SA 3.0

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