武内朗「TV SONGS ベスト1000」- ぼくらのマガジーン/Gene


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TV SONGS ベスト1000


「TVガイド」や「TV Bros.」などのテレビ誌編集長を
歴任してきた武内朗さんが、
各年ごとのTVソング厳選20曲を
カセットテープのベストセレクション形式でご紹介。
脳内で再生しながらお楽しみください。


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record 1980a

1. 絲綢之路/喜多郎

  喜多郎作曲
  「NHK特集 シルクロード~絲綢之路」
  (NHK総合 1980/4/7〜1981/3/2)メインテーマ

 1976年にスタートした「NHK特集」は、89年に「NHKスペシャル」とタイトルを変えながら現在まで40年以上放送され続けている日本を代表するドキュメンタリーシリーズ。そんな「NHK特集」の代表作であり、最大のヒット作がこの「シルクロード〜絲綢之路」である。企画の起こりは早く、1972年中国との国交回復直後から中国政府や中国中央電視台に取材交渉を始めていたというが、文化大革命の真っただ中の時期には撮影の許可が下りるわけもなかった。77年の文革収束後再び交渉を始め、78年10月の鄧小平来日時にも直接本人にアプローチを試み、その年の大晦日についに撮影許諾の連絡が届いたという。大雑把な言い方だが、運がよかった。結果、史上初めて外国のカメラが中国・シルクロードに入った番組となり、長安から敦煌、タクラマカン砂漠を経て天山山脈に抜ける行程を毎月1回1年間にわたって放送したその貴重な映像は大反響を呼び、まさに空前のシルクロードブームを巻き起こした。
 ブームの象徴として大きな役割を果たしたもののひとつが石坂浩二によるナレーションであった。俳優として多くの代表作を持つ石坂だが、テレビのナレーションでも大きな功績を残しており、特にこの「シルクロード」のナレーションのスタイルはこの後のテレビドキュメンタリーに決定的な影響を与えた。石坂本人に取っても「ウルトラQ」「渡る世間は鬼ばかり」と並ぶナレーターとしての代表作である(活動時期の長さとジャンルの幅広さがすごい)。
 そして空前のシルクロードブームを支える象徴として大きな役割を果たしたもうひとつの要素が、喜多郎のシンセサイザーによるテーマ音楽であった。YMOのテクノポップがダンスミュージックとしての高揚感を前面に掲げて日本中を席巻していたのとほぼ同時期に、それとは真逆の静謐感溢れるアンビエントミュージックがごくごく自然に茶の間に受け入れられていたという事実は日本人の電子音楽偏差値を確実に上げたと思う。


2. TOMORROW’S AFFAIR/THE SQUARE

  安藤まさひろ作曲
  「突然の明日」(TBS系 1980/1/18〜4/11)オープニングテーマ

 「突然の明日」はTBS系金曜10時「金曜ドラマ」枠1月クールドラマ。テレビ史に残る傑作を連発していた最中の「金曜ドラマ」であり、TBSドラマ部の当時のエース・大山勝美が製作を手がけ、メインライターは山田信夫が務めた。なにより前年の10月に山口百恵と恋人宣言をした直後の三浦友和が主演していたことで大きな注目を集めた。放送中の3月7日には正式な婚約と百恵の芸能界引退が発表され、ここから山口百恵引退へのカウントダウン狂騒曲が始まることとなる。作品は「突然の明日」のタイトル通り順風満帆なエリート銀行マン生活を送る主人公が銀行強盗事件に巻き込まれ突然人生の歯車が狂い始めるというハードロマン。いわば金曜9時枠の「大映テレビ・赤いシリーズ」のテイストを金曜10時の「金曜ドラマ」枠に持ち込んだ意欲作である(実際主人公が強盗犯を射殺してしまうことからストーリーが動き出すところや、出生の秘密がドラマの肝になるところなどは「赤い衝撃」あたりを容易に思い起こさせる)。当時としては若者層狙いだったのだろう、(番組スタート時で)メインキャストの池上季実子が21歳、古手川祐子が20歳、三浦友和が28歳目前で、頭取役の二谷英明がギリギリ40代である。
 「TOMORROW’S AFFAIR」は、のちにT-SQUAREと名乗ることになるTHE SQUAREの代表曲(THE SQUAREのレコードデビューは1978年で、渡辺貞夫の「カリフォルニア・シャワー」が同じ1978年、カシオペアとネイティブ・サンのデビュー及び高中正義の「BLUE LAGOON」が1979年だから、この時期まさに日本のフュージョンはブームの頂点を迎えつつあったといえる)。不動のリーダー・安藤まさひろの泣きのギターが存分に聴ける会心の1曲であるが、この曲が長く人気を保っているのはむしろ後半大々的にフィーチャーされているストリングスの存在感のおかげだろう。そのことが曲のイメージをよりスケールの大きなものにしている。実際、のちにロイヤルフィルハーモニック管弦楽団と共演したオーケストラアレンジバージョンも発表された(そのバージョンは1993年に中井貴一&観月ありさ主演のフジテレビ系ドラマ「じゃじゃ馬ならし」のテーマ曲として使われた)。


3. 獅子の時代 メインテーマ/NHK交響楽団&ダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンド

  宇崎竜童作曲 千野秀一編曲
  「獅子の時代」(NHK総合 1980/1/3〜12/21)オープニングテーマ

 「獅子の時代」は山田太一が脚本を手がけた唯一の大河ドラマ。原作となる小説が存在しない、オリジナル脚本による初めての大河ドラマである。幕末〜明治を舞台に、会津出身の下級藩士と維新後明治政府の官吏となる薩摩藩士の2人の主人公を並行して描いた。幕末を描いた大河はそれまでも「花の生涯」「竜馬がゆく」「勝海舟」「花神」と4作があったが、明治以降を本格的に描いたものはなく、賊軍たる会津藩士を主役に据えるのももちろん初めてのことであった。会津藩士・平沼銑次を演じたのはNHKドラマ初主演の菅原文太。対する薩摩藩士・苅谷嘉顕には加藤剛が扮した。ともに山田太一が創造した架空の登場人物で、この2人が縦横無尽に実在の明治の元勲達と絡む。菅原扮する銑次は、会津で負けたあとも五稜郭や秩父で明治政府軍と戦い続け、負け続け、物語は明治23年の大日本帝国憲法発布で終わる。とにかく現代のパリ・リヨン駅にサムライたちが降り立つ初回のオープニングから一気に引き込まれた。この大河は確かに攻めていた。
 そしてそんな初めて尽くしの大河ドラマの最も分かりやすい包装紙が、宇崎竜童作曲による劇伴音楽であった。ロックバンドによる大河ドラマの劇伴はもちろん初めて。テーマ音楽はNHK交響楽団とダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドの共演によるもの。オープニングテーマのボレロのイントロを聞くたびに毎回ワクワクさせられたものである(テレビのテーマ曲としては「水戸黄門」の主題歌と並ぶ2大名ボレロといえよう)。劇中音楽もすべてダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドによるインストで、さらに別途主題歌としてボーカル入りの「OUR HISTORY AGAIN -時の彼方に-」もフィーチャーされていた。あらゆる意味で大河ドラマがシーンの最先端を走っていたことを身を以て示した作品であった。


4. 辛い別れ(You Needed Me)/アン・マレー

  Randy Goodrum作詞・作曲
  「幸福」(TBS系 1980/7/25〜10/17)主題歌

 1980年夏クールのTBS金曜10時枠ドラマ主題歌。脚本は向田邦子。向田が「金曜ドラマ」を書くのは1978年の「家族熱」以来約2年ぶりであったが、この2年の間に向田邦子は「阿修羅のごとく」のパート1とパート2、および「あ・うん」の第1シリーズと、テレビ史に残る代表作を次々と手がけてその作品世界を大きく広げた。「あ・うん」の放送は1980年の3月だったが、ほぼ同時期に「別冊文藝春秋」に小説「あ・うん(第1部)」を発表。併せて「小説新潮」では連作短編シリーズ「思い出トランプ」の連載を開始する。そしてこの連作短編シリーズから「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」の3作が、第83回(1980年度上期)直木賞の候補となる。エッセイでの評価は高かったものの、この時点で向田邦子の小説は雑誌での連載だけ。小説の単行本を1冊も出していない作家が候補になること自体大変珍しいことであったが、向田邦子はドラマの勢いそのまま直木賞を受賞してしまう。受賞発表は1980年の7月17日。直後にスタートしたのがこの「幸福」だった。
 挫折を抱えたまま穏やかに生きようとする弟(竹脇無我)とエリート会社員の兄(山崎努)の対照的な生き方を一組の姉妹(岸恵子、中田喜子)との恋模様を軸に多くの登場人物を交えて重層的に描く。多様な人間ドラマが複雑に絡み合いつつ同時進行する、テレビの連続ドラマでしか描けない世界。そんな物語を「幸福」と名付ける視点。まさにドラマ作家・向田邦子の真骨頂であった。約1年後の1981年8月22日、向田邦子は飛行機事故によりあまりにも早すぎる死を迎える。直木賞受賞後の第1作ドラマ「幸福」は、向田邦子最後の民放連続ドラマとなったのである。
 主題歌となった「辛い別れ」は、1978年に発表されたアン・マレー初の全米ナンバーワンヒット。のちにAORの人気シンガー&ソングライターとなり、オフコースが全米進出した時に英語詞を提供したことでも知られるランディ・グッドラムのライターとしての出世作。切ない歌詞とメロディーがドラマの内容にピタリと寄り添う。このころのTBSドラマの制作陣の音楽センスは本当に優れていたと思う。


5. 恋の綱わたり/中村晃子

  福田陽一郎作詞 三木たかし作曲 船山基紀編曲
  「離婚ともだち」(TBS系 1980/4/10〜7/3)挿入歌

 1980年春クールのTBS木曜10時「木曜座」枠ドラマ挿入歌。脚本は福田陽一郎。日本テレビのディレクター出身で、退社後はフリーの作・演出家として主に舞台作品で活躍。都会派ミュージカルの演出に定評があり、特に渋谷の西武劇場(のちのパルコ劇場)で開館1年後の1974年から1988年まで毎年上演され続けた細川俊之&木の実ナナ主演の伝説のオリジナルミュージカル「ショーガール」の作・演出で知られる(近年三谷幸喜がリメイクした)。「離婚ともだち」はその福田が手がけた久々のテレビドラマで、洒落た都会的ムードが横溢するラブコメディー。配役も主演に大原麗子(ドラマ放送中の6月25日に森進一と再婚した)と田村正和、共演に藤竜也と浅野温子というゴージャスなもので、多分に「ショーガール」の華やかさを引き継いだものであった(てゆーか、なんたって主演の大原麗子の役柄が渋谷のファッションビル「パル」の宣伝プロデューサーというものだったから、これはもう一種のタイアップであろう)。
 「木曜座」枠といえば、「とまどいトワイライト」「きみの朝」「愛の水中花」とドラマから続々ヒット曲が生まれたことでも注目されていたが(これはおそらく「木曜座」が「ザ・ベストテン」直後の放送時間枠だったことが影響している)、この「離婚ともだち」からもクラブのママ役で出演した中村晃子が劇中で歌った挿入歌「恋の綱わたり」がスマッシュヒットとなった。1963年デビューと芸歴が長く、歌手も女優も声優もこなす芸達者な中村晃子の「虹色の湖」「あまい囁き」(細川俊之とのデュエット)に続く3つ目の代表曲。不倫の恋の危うさを綱わたりに例えた福田陽一郎の映像的な歌詞は一見ベタに見えてなかなか奥が深く、「しがみつけば綱わたりは終わります」から「疑いながら手をつなぐのはいやよ」に至る暗喩は男の喉元に突きつけるメッセージとしてはなかなか強烈である。三木たかし&船山基紀によるドラマチックなヨーロッパテイストのサウンドも歌詞のストーリー感にピッタリで心を揺らす(ちなみに中村晃子はこのころTBSの社員でこのドラマの演出もしていた服部晴治氏と恋仲だったと言われる。のちに泥沼の三角関係劇を演じることになるもう一人の相手・大竹しのぶが服部氏と出会うのは、この「離婚ともだち」の次の次の「木曜座」枠ドラマ「恋人たち」においてであった)。


6. 砂の城/木の実ナナ

  五輪真弓作詞・作曲 船山基紀編曲
  「港町純情シネマ」(TBS系 1980/4/25〜7/18)主題歌

 「離婚ともだち」と同じ1980年4月クールのTBS金曜10時枠ドラマ主題歌。「突然の明日」と「幸福」の間の「金曜ドラマ」ということで、TBSドラマの充実度がつくづくハンパない。脚本は市川森一。主演は当時ブレイク真っ最中で出演ドラマが絶えることがなかった西田敏行(驚くなかれ「池中玄太80キロ(第1シリーズ)」と全く同時期の放送であった)。港町の映画館を舞台に、夢見がちな映写技師の主人公と周囲の人々の交流を描いた。毎回名作映画のモチーフと主人公の妄想で物語が進む本歌取りドラマで、この手法を発展させて同じスタッフ&キャスト(市川森一脚本、高橋一郎演出、西田敏行&木の実ナナ出演)で作られたのが1982年の名作「淋しいのはお前だけじゃない」である(市川森一はこの作品で第1回の向田邦子賞を受賞した)。
 主演級のホステスを演じ主題歌も歌った木の実ナナは60年代に渡辺プロからデビュー、歌手・タレントとして人気を得て、カバー・オリジナル取り混ぜておびただしい数の作品をリリースするが大きなヒットには恵まれなかった。70年に演技の勉強のため渡米、73年に帰国してからはミュージカル女優として復活し74年に「ショーガール」に出演、生涯の代表作に出会う。以降の活躍はご存知の通りだ。「砂の城」は五輪真弓作詞・作曲で、「恋の綱わたり」同様堂々たるシャンソンスタイルの歌謡曲。五輪自身も、同年秋のアルバム「恋人よ」内で「愛の蜃気楼」のタイトルでセルフカバーしている。


7. 風/ノルマンディー(KAZE/NORMANDIE)/薩めぐみ

  Francois Deguelt作詞・作曲 Fernand Boudou編曲
  「天皇の料理番」
  (TBS系 1980/10/19〜1981/3/22)オープニングテーマ

 そしてこれもまたシャンソン。パリ在住の日本人シャンソン歌手・薩めぐみによるフランス語によるナンバーである。曲を書いたフランソワ・ドゥゲルトは50年代から活躍するフランスの実力派シンガーで、日本からフランスに渡ったばかりの薩めぐみのためにこの曲を書き下ろしたのだそうだ。
 「天皇の料理番」は1979年に発表された杉森久英による一種の伝記小説のドラマ化で、実在の宮内省主厨長をモデルとした主人公・秋山篤蔵の生涯を、明治・大正・昭和の激動の時代を背景に描いた近代日本の歴史ドラマ。西洋料理に憧れパリに渡る主人公・篤蔵を演じたのは堺正章。メインライターは鎌田敏夫が務めた。放送枠は日曜の夜8時。言うまでもなくNHK大河ドラマの真裏の時間帯であり、日本テレビがヒットドラマを数多く輩出した時間帯でもある(鎌田敏夫の「俺たちの旅」も堺正章の「西遊記」も日テレ日曜8時枠である)。おまけにテレビ朝日は「西部警察(第1シリーズ)」がスタート2年目で、フジテレビは欽ちゃんの「オールスター家族対抗歌合戦」が人気を得ていた。各局絶好調の中、もともとドラマ枠ではなかったこの枠にあえてこの「天皇の料理番」をぶつけてきたTBSの覚悟と自信は相当なものであったに違いない。
 篤蔵を演じた堺正章は、人気コメディアン・堺駿二の長男として生まれ、子役で芸能界入り。グループサウンズのトップバンドのひとつ、ザ・スパイダーズのリードボーカルを務め、ソロシンガーとしてもヒット曲を連発、「紅白歌のベストテン」や「レコード大賞」の司会を長年務め、自らの名を冠したバラエティー番組も持ち、「時間ですよ」「西遊記」等のヒットドラマにも出演した。のちにはミスター隠し芸と呼ばれ、「チューボーですよ!」では巨匠として料理の腕を披露し続けた。およそ、これだけの守備範囲の広さと活動歴の長さを誇るエンターテイナーは、ほかにはちょっと類を見ない。そんな長大な彼のキャリアの中でも、この「天皇の料理番」が彼の代表作であることは論を待たないだろう。明石家さんまが主演格の一人の辰吉役でレギュラー出演し、初めて全国区で名前を知られるきっかけになったことでも名高い(「オレたちひょうきん族」で人気が爆発するのは翌1981年のことである)。他にも重要な役で財津一郎が出演していたり、渥美清がナレーションを務めるなど、相応にシリアスな物語であるのに独特の軽みが画面を支配しているのは、2015年のリメイク版(佐藤健主演)にも共通していた。


8. 交響曲第4番 第4楽章

  グスタフ・マーラー作曲
  「四季・ユートピアノ」(NHK総合 1980/1/12)挿入曲

 「四季・ユートピアノ」は、テレビドラマという世界で純粋に映像作家として高い評価を受けた孤高の演出家・佐々木昭一郎の代表作である。手がけた作品は生涯でも数えるほどだが、それらのほぼすべての作品が国内・海外問わず数多くの賞を受賞し、名作として語り継がれている。NHKの社員ディレクターでありながら(1995年に退局)商業主義をほぼ排し、職業俳優は使わず、ドキュメンタリー的手法で自らの映像世界を貫いたおよそ空前にして絶後の映像作家で、今でも佐々木作品の衝撃は伝説のように語り継がれている。
 佐々木の作品では常に音楽が大きな役割を果たすが、この「四季・ユートピアノ」は、ピアノ調律師役の主人公・中尾幸世が日本語で口ずさむマーラーの4番の第4楽章の歌で幕をあける。交響曲の中に声楽が入ってくる例はベートーヴェンの第9ほか数例あるが、マーラーの交響曲にはしょっちゅう声楽が登場してくることで有名だ。特にこの4番の第4楽章のソプラノソロはマーラーらしくない(?)明るい幸福感が漂い、中尾幸世のたどたどしい歌唱も微笑ましさを誘う(中尾幸世は1974年の「夢の島少女」で佐々木作品に抜擢され初主演、その後もつげ義春原作の「紅い花」や、「川の流れはバイオリンの音」ほかの「川」三部作など佐々木の主要作品のほとんどに主演している。現在は朗読家として活躍しているそうである)。


9. あゝ落ちる/岸本加世子

  なかにし礼作詞 都倉俊一作曲 田辺信一編曲
  「真夜中のヒーロー」(日本テレビ系 1980/3/28〜5/23)主題歌

 日本テレビの金曜9時といえば「前略おふくろ様」「熱中時代(第1シリーズ)」などのヒット作を生んだ名門ドラマ枠である。1979年3月にその「熱中時代(第1シリーズ)」が終了したあと、萩本欽一による欽ちゃんドラマを約1年にわたって放送、そのあとを受けて始まったのがこの「真夜中のヒーロー」である。主役の父娘には芦田伸介と大場久美子、父の愛人に岸本加世子が扮した。演出は「ムー一族」の打ち上げをきっかけにTBSを辞めたばかりの久世光彦。独立後の久世がほぼ初めて手がける連続ドラマということで注目を集めた。他にも植木等、伊東四朗、タモリらが出演、久世作品らしいバラエティー感とハプニング性は十分担保されていたが、はっきり性愛をテーマに据えていたこともあり、ドラマは成功を収めることはできず9回で打ち切りとなった。最も印象に残ったのは檻に入った裸の岸本加世子が「落ちる…落ちる…」とつぶやくタイトルバックであった。打ち切りになったくらいだから見ていた人はそんなにいないはずなのだが、タイトルバックだけは覚えているという人は意外に多い(久世光彦は日本のテレビドラマ史上に残る演出家のひとりであり、特に70年代においては最も重要なテレビ人であるといっても過言ではないが、80年代以降はテレビでは精彩を欠いた。原因の一つはもちろんTBSを辞めて独立せざるを得なかったことだろうが、ほぼ時を同じくして盟友とも言える向田邦子を失ったことも大きかったろう。この二つが立て続けに降りかかったことは本人には相当こたえたと思う)。
 この時期の岸本加世子といえばなんといっても樹木希林とのフジカラーCMである。「そうでない方はそれなりに」の衝撃はまさに80年代前半のいわゆる“CMクリエイターブーム”の嚆矢であった。特に岸本の、一連の久世作品とは一味違うとぼけたコメディエンヌぶりは高い評価を受けた。その一方で、山田太一の「男たちの旅路(第4シリーズ)」や「獅子の時代」、向田邦子の「あ・うん」や「幸福」、早坂暁の「新・事件 わが歌は花いちもんめ」など有力脚本家の作品で軒並み中心人物を演じてもいて、当時最も嘱望されていた女優の一人であった。それがゴールデンタイムのドラマで、裸で檻に入って「落ちる…」と喘いでいたのだからそのインパクトは計り知れない。
 主題歌の「あゝ落ちる」は一応岸本加世子名義でシングルにもなっているが、彼女はほとんど歌っていない。イントロの「あ〜落ちる」に始まって全編甘えるようにつぶやいているだけで、メロディー部分は女性コーラスが「♪赤い火燃えろ 燃えろえろ」とこれまた扇情的に歌っている。作曲は都倉俊一(独立後の久世とはよく組んでいた)。一種の怪作であるが、都倉本人はそこそこお気に入りだったようである。


10. 君は人のために死ねるか/杉良太郎

   杉良太郎作詞 遠藤実作曲 斉藤恒夫編曲
   「大捜査線」(フジテレビ系 1980/1/10〜12/25)主題歌

 そしてドラマ主題歌史上最大の怪作といえばこの曲だろう。すでに時代劇でその名を不動のものにしていた杉良太郎が満を持して主演した伝説の刑事ドラマ「大捜査線」の主題歌。日本のトーキングソングの極北と言っていいかもしれない最上段に振りかぶった力作。茶化して語られることも多い曲だが、時代劇の文脈で生きてきた杉良太郎が現代劇を演じるにあたって主人公の刑事たちに託した心情が生々しく伝わってくる。歌い方にクセがあるので通じにくいが、正義のために命を懸けて戦うというこの歌のテーマは戦隊もののテイストに近いものがあると思う。刑務所慰問を長く続けていることでも知られる杉が、警察官(ポリスマン)という存在に託したある種の理想=ファンタジーとして考えれば、この大げささにも合点が行く気がする。



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レコードイラスト:GATAG|フリー素材集 壱CC BY-SA 3.0

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