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subhead7

小沼

ベドウィンの人たちは、音楽についてはどうですか?
楽器がうつってる写真もありましたけど、
日常生活のなかで奏でることはありますか?

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クェートから来た、家族の友人。ラバーブ(rababa)という民族楽器を披露中。
2007年撮影。(C)Megumi Yoshitake

𠮷竹

ほとんどないですねぇ。

小沼

あぁ、やっぱり。

𠮷竹

でも、踊ったりはするんですよ。
決まった踊りがあって、お祝いごとがあったときに
一列になってステップを踏んだり。
この本には、ある青年が兵役を終えて帰ってきたときに
みんなで踊っている写真を載せてますね。

小沼

歌はどうです?

𠮷竹

歌います。
女性が水仕事をしながらとか。
それこそ、羊の内臓で作った袋に入れたミルクを揺すりながら
鼻歌みたいな感じで歌いますね。

小沼

それはある種の気晴らしみたいなものですよね。

𠮷竹

だと思います。

小沼

モロッコあたりの遊牧民は
高い声を上げて歌うこともあるけど、
やっぱりちょっと違うんですね。

𠮷竹

高い声とか大きな声というのは聞いたことがないですね。
歌だけじゃなく、彼らは基本的に大きな声を出さないんです。
女性は出産のときも声をあげないんですよ。

小沼

大きな声が美徳とされない?

𠮷竹

たぶん。
たまに小さなネズミが出てきて
わたしが「ああっ!」と大きな声を出すと、
みんなにクスクス笑われます(笑)。

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小沼

ベドウィンを含めて、シリアの人たちの人柄というのかな、
そういうところも教えていただけますか?

𠮷竹

まず、ベドウィンの人たちもそうですけども、
シリア人は非常にホスピタリティに長けてます。
自分たちがどんなに貧しくてお腹が空いていても、
たった一つのパンをお客さんに譲る。
そういう精神があるんです。
わたしが沙漠に入ってベドウィンに会うことについて
よく「危なくないの?」って聞かれるんですね。
女ひとりで、しかも子どもも連れていったりして。
「大丈夫なの?」って。
もちろんベドウィンにも、
いいベドウィンもいれば、そうではない人もいます。
でもわたしは、この家族のもとにいるかぎり
絶対に安全だと思ってるんです。

たとえば羊を飼う家族のところには必ず番犬がいるんですが、
番犬は知らない人を見ると突進してくるので、 すごく怖い。
でも、そんなときは家族が瞬時にパッと立ちはだかって、
わたしを番犬からかばってくれる。
いつもわたしを守ってくれるし、
「めぐみはわたしたちの娘だから、兄妹だから、
いつでも帰ってきてね」と言ってくれる。
こういう優しさは、ほとんどのベドウィンが持っていますし、
シリア全体で見てもそうです。

小沼

怖い思いをしたことはないですか?

𠮷竹

一度もないですねー。

小沼

シリアが合わない人とか、いるのかしら。

𠮷竹

うーん、シリアに行った人からは
そういう感想をあまり聞かないんですよね。
むしろ、もう一度行きたいという人のほうが
圧倒的に多いです。

小沼

人々の素晴らしさというのは、
ベドウィンだけじゃなく
都市部の人たちも同じなんですね?

𠮷竹

同じです。
犯罪率を見ても、日本よりずっと少ないんですよ。
泥棒や殺人も、すごく少ない。
ホスピタリティに長けていて、
思いやりと温かさの国といっても過言ではないですね。
だから青年協力隊などでシリアに一度でもかかわった人は
引き続きなにか支援したいと言います。
協力隊の中でもリピートしたい国の上位らしくて、
理由を聞くと、みんな一様に「人だ」って。
シリアの人たちは人間世界遺産といってもいいくらい
素晴らしいって。
ただ、わたしはベドウィンとの生活が長いので、
彼らの素晴らしさをより強く感じていると思うんですけどね。
とくに、子どもたちが本当に素晴らしい。

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子羊の番をする兄弟たち。
2001年撮影。(C)Megumi Yoshitake

小沼

たとえば?

𠮷竹

たとえばあるとき、8歳くらいの女の子が、
おかあさんが料理をしているそばで
シクシク泣いていたんですね。
「どうしたの?」と訊くと、
おかあさんが作っているそのおかずを
食べたくてしょうがないと(笑)。
「食べたーい!」と泣いてたわけです。
でもわたしにはどうしてあげることもできないので、
食事のときに、
わたしはそのおかずに手をつけなかったんですね。
なぜかというと、食事はまず男性が食べて、
そのあとを女性と子どもが食べることになっているんですが、
わたしはゲスト扱いだったので
男性と一緒に食べていたんです。
つまり、わたしたちが全部食べてしまうと
その子にあたらなくなってしまう。
だから手をつけずにいたんですが、
その子が「めぐみ、なぜ食べないの?」って
言ってくるんです。
「全部食べなよ」って。
泣くほど食べたいおかずなのに。

それからあるときは、わたしとある少女が、
大きなポリタンクふたつを遠くまで運ぶ用事を
言いつかったんですね。
ひとつはちゃんとしたポリタンク。
もうひとつは取っ手が壊れたポリタンク。
そうしたら、少女は迷わず壊れているほうを
手に取るんですよ。
その子の身長と同じくらい大きなポリタンクなのに、
「めぐみは壊れてないほうを運んでね」って。
小学校の低学年くらいの子が
そういうことをサラッと言っちゃう。

小沼

なるほど。

𠮷竹

あと、こんなこともありました。
ベドウィンの家族と数人で出かけた帰り、
わたしたちの家がようやく見えてきたあたりで
雨が降ってきたんです。
そうしたら10歳の男の子が家からダーッと走ってきて、
自分のジャケットをわたしにかけてくれたんですね。
もうそれだけで「なんて可愛いの!」という感じですが、
彼はわたしのポケットのところにぴったりくっつくんですね。
実はわたし、そのポケットにいつもアラビア語の辞書を
入れてたんです。
それを彼は知っていて、
「ここにはめぐみの大切な辞書がある、
これは絶対に濡れちゃいけないんだ」って言うんですよ。
もう、そういう一つひとつが、
「この子たちはどうしてこんなふうに言えるんだろう、
できるんだろう」と感心することばかりなんです。

小沼

そっかぁ。

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𠮷竹

たくさんのものを持っていないから・・・
という気もするんですね。
たくさん持っていないから、
少しのものを大切な人たちと分かち合おう、
みんなで大事に使おうという気持ちが芽生えるのかなと。
ものがたくさんあると、
そういう気持ちは起きないだろうと思うんです。
ものがたくさんあることが良いとはかぎらない、
便利が良いともかぎらない。
そういうことを彼らは教えてくれるんですよね。

小沼

彼らのような人たちがいてくれるからこそ
わかることがありますね。

𠮷竹

そうなんですよね。

<次回に続きます>


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