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小沼

街から戻ってみると、撮られる写真が変わった・・・
これは、やはり𠮷竹さん自身の意識が変わったから、
でしょうか?

𠮷竹

意識は確実に変わったと思います。
具体的にどうというのは自分ではよくわからないんですが。
ただ、みんなの顔の表情が違うのは、はっきりわかって。
とくに子どもたち。
わたしの名前を呼んで近寄ってくるようになりましたし。

小沼

撮り方そのもの、
つまりテクニカルな面が変わったということは?

𠮷竹

それはないですね。
・・・そう考えていくと、
やっぱりわたしの意識が変わって、
その変化がなにかしら表に出ていたんでしょうね。
「写真を撮るよー」と、ひと声かけるときの表情だとか。

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小沼

そこのところはすごく重要に思います。
写真というのは一般的に中立的なものという
思い込みがありますけど、
実は写真を撮る側の顔や身体の表情って
すごく大事ですよね。
そういうことを我々はつい忘れてしまっているけど、
こういう場面で重要性が一気に前面にでてくる。

𠮷竹

よく言われるのがやっぱり、「シャッター以前」。
シャッターを切るのは何十分の一秒という一瞬ですけど、
その何百倍、何千倍の時間をかけて、
撮る人と撮られる人とのあいだで
信頼関係を築くことが重要なんです。
お互いのことをよく知ったうえで撮る写真と、
まったくコミュニケーションがないまま撮る写真とでは
絶対的に違うと思うので。

小沼

はい。

𠮷竹

たとえば、赤ちゃんを撮る最高のカメラマンは
おかあさんだと思うんですね。
プロのカメラマンが適切なライティングと
プロの技術で撮る写真はたしかに素晴らしいですけど、
赤ちゃんが見せる表情は、
おかあさんに向けるものとは絶対的に違うじゃないですか。
わたしは、赤ちゃんとおかあさんの信頼関係のようなものを
被写体と結べたら、
もうそれだけでいいと思っていて。
でもそれには時間が必要ですし、
一朝一夕にはできないと思うんです。

小沼

お話をうかがっていて、ふっとね、ドイツの写真家、
アウグスト・ザンダーの写真が浮かんだんです。
ザンダーはのちに『20世紀の人々』という写真集に
まとめられる写真を、1920年代に撮っている。
それはドイツのいろいろな職業の人たちを
正面から撮影しています。
無表情なんだけど、
そこにはおのずとあらわれているものがある。
で、その撮り方と、𠮷竹さんがおっしゃるようなものとは、
おそらく対極にあるんじゃないか。
ザンダーの写真ってすごくいいんだけど、
そこには撮ってる人との距離がとても大きい。
断絶といってもいいくらいです。
でもそれが逆に、ナチス・ドイツを準備する時代の
空気や人の姿をも映し出している。
誤解を招く言い方ですけど、
写真がひじょうにカタログ的だったりもして。

𠮷竹

なるほど・・・・・・。
小沼さんは、フランク・メドウ・サトクリフという写真家を
ご存じですか?

小沼

ええ、かろうじて、という程度ですが。

𠮷竹

彼が海難救助士を撮った写真がありますよね。
浮き輪を身体に巻いたおじさんの、
なんのへんてつもないポートレート。
わたしはああいうのが好きなんですよねぇ。
今回、このちょっと微笑んでるだけの
なんてことのない写真を表紙に選んだのも、
そこに通じるものがあるからなんです。

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表紙の男性は「おとうさん」のすぐ下の弟、スライエルさん。

𠮷竹

実は、そういうなんてことのない人物写真が
なにより難しいと思うんですよ。
だから、これからもそういうポートレートを
撮り続けたいなと。
ちなみに、ここに収められている写真はすべて
フィルムで撮ってます。
ちょっと特殊なフィルムを使っていたので
2010年ころになると日本では現像してくれなくなり、
アメリカに持っていって現像していたんです。
でも、1本3000円くらいかかって・・・。
で、翌年はフィルム自体が市場から消え、
最後の年だけデジタル。

小沼

そういう意味でも貴重な写真集ですね。
全部、自然光ですか?

𠮷竹

自然光です。
最近の、HDRでしたっけ? 
あの写真を見ると、すごいなぁーと思うんですけどね。
そういう意味では、
ここにあるのはみんな昔ながらの写真です(笑)。

小沼

いやぁ、つい見入っちゃいますよ。

𠮷竹

ありがとうございます。うれしいです。

小沼

なんかこう、どこを見てもくっきりと出てるじゃないですか。
たとえば遠くを撮っていても
ぼやけるというふうではなくて、
本当に細部がそこに写りこんでいる。
そうするとね、視線ってやっぱり
全部をなめるように見たくなるわけですよね。
わたしはそういう写真がけっこう好きで。

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小沼

ところで、さっき何度か
「おとうさんとおかあさん」とおっしゃいましたよね。
おとうさんというのは、この家族の家長のような方ですか?

𠮷竹

はい、わたしのホストファミリーの家長で、
名前はサッラール。
7人兄弟の次男です。
おだやかで思いやりが深く、心温かい男性です。
彼には3人の奥さんがいるんですが、
ひとりは亡くなっているので現在はふたり。
現第一夫人がアラビーア、第二夫人はサーラです。
子どもは全部で26人・・・亡くなった奥さんに2人、
アラビーアに11人、サーラに13人いて、
家は奥さんごとにあるのですが、
わたしはいつもアラビーアの家にいるんですね。
なので「おかあさん」と呼んでいるのは
おもにアラビーアのことです。
わたしが「おとうさん、おかあさん」と呼ぶのは、
「めぐみは家族の一員だよ」と言ってくれてるから。
ふたりの声を聞いたり笑顔を見たりすると、
沙漠に帰って来たんだ~と実感するんですよね。

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家長である、おとうさんのサッラールさん。
1995年撮影。(C)Megumi Yoshitake

小沼

では、そろそろ彼らの暮らしぶりなども
うかがっていきたいんですが、
沙漠での食事はどのようなものだったのでしょう? 
一般的な毎日のメニューというか。

𠮷竹

まず主食は、ホブズといわれているパンです。
車のハンドルくらいあるような薄くてまるいパン。

小沼

写真集にも出てきますね。

𠮷竹

はい。
街で食べられている一般的なホブズは、
インド料理のナンのまるい版と考えてもらっていいです。
でもベドウィンの人たちが食べているのは、
イースト菌が入っていない、全粒粉と塩と水だけのもの。
お好み焼きの具がない感じです。
前日の晩にこねておいて、中華鍋を逆さまにしたようなものに
まるく薄く伸ばして焼くんです。
それが主食。

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ホブズを作っているところ。
1999年撮影。(C)Megumi Yoshitake

𠮷竹

そのほかにヨーグルトが出てきます。
羊の乳しぼりを朝晩2回するので、
そのミルクから作ったものです。
ほかになにもないときは、このふたつですね。

小沼

もう少し加わる場合は、どういったものが?

𠮷竹

街で買ってきたブロッコリーやにんじん、じゃがいも、
トマト、ナスなどの野菜です。
炒め煮というか揚げ煮というか、とにかくじっくり煮ます。
食感ないぞ!ぐらいに(笑)。
ほかには、たまに卵。炒り卵とか。
鶏肉が出ることもありますし、
羊の肉も出ることもありますが、とても稀です。
あとは、あまーーーい紅茶。
アラブというと「コーヒーですね」と言われることが
多いんですが・・・・・・。

小沼

それはトルコの連想かもしれませんね。

𠮷竹

あぁ、なるほど。
彼らはコーヒーはまったく飲まないんですよ。

小沼

アフガニスタンとかそっちのほうも、みんな紅茶ですよね。

𠮷竹

そうなんですよね。

小沼

ミントティーみたいな感じ?

𠮷竹

ストレートです。
ただ、飲み終わったグラスを置いておくと、
溶けきれなかった砂糖の結晶がグラスに全体につくくらい
砂糖がたっぷり(笑)。
でも沙漠で飲むと美味しくて、飲まずにいられないんですよ。

小沼

その砂糖はどう入手するんですか?

𠮷竹

やはり街で買います。
砂糖、小麦粉、紅茶の葉、野菜なんかは街で買いますね。
沙漠で入手できるのは羊のミルクくらい。
そこからヨーグルトやチーズを作ったりして。

小沼

じゃあ野菜が足りていない感じですね。

𠮷竹

だからたぶんパンの小麦に
全粒粉を使ってるんだと思います。

小沼

ほぉ。

𠮷竹

食事というと、こんな感じですね。

小沼

やっぱり粗食ですよね。

𠮷竹

そうですね。
なので、ベドウィンに太ってる人はいないんですよ。
動きまわってもいるので、みんなすっごく細い。
アラブ人というと、
でっぷりなイメージもありますけど(苦笑)。

小沼

それは都市部の人ってことですよね。

𠮷竹

そうなんです。
太ってる人は本当にいないですね。
そしてメガネをしてる人もいないです。

小沼

ああ、たしかに。

𠮷竹

みんな、ものすごく目がいいので。
ずーっと向こうの地平線のあたりにいるのが
オートバイなのかトラックなのか、パッとわかるんですよ!

<次回に続きます>


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