myjoao4


myjoao_midashi5

ーー

実は今回、慶子さんの音源もご紹介したくて、
方法をあれこれ考えていたんです。
そうしたらつい最近、
YouTubeに音源をいろいろアップなさったのを知って
やった!と(笑)。
ライブ収録の音源なんですよね。
映像が影絵のような静止画だったりして、
あの感じ、ちょっと新鮮でした。

吉田

わたし自身が音楽を聴くときに
音に集中したいたちなんです。
「どうして動画じゃないんですか!?」とも
言われたんだけど。
でも、あれはもともと音源しかないから
しょうがないの(苦笑)。

ーー

一説には、五感のうち視覚が約8割を占めるとも
言いますもんね。
そこまでかな?とも思うんですけど、
音楽を聴くときに
映像がないほうが集中できるというのは、わかります。

吉田

とくに動画を見ながらだと、
“聴く”がちょっとおろそかになって。
ちゃんとした音で聴いてほしいという希望もあったし、
あれは苦肉の策(笑)。

ーー

慶子さんの音楽は音の隙間まで聴きたくなるから、
すごーくいいアイディアだと思います。

吉田

良かったー。
わたしが好きだなぁと思う音楽は
やっぱり1人か2人で演っている、
その人の音がわかるものなんです。
音楽もさることながら、
奏でている“ひと”が好きなのかもしれないですね。
そのひとはどんな音を出すのかな、とか。
そういうものを聴きたいんだと思う。
それを聴きとれる範囲となると、
わたしの場合は多くて4人かなぁ。
オーケストラも美しいけど、
また別の美しさなんですよね。

ーー

もしかして慶子さんは
「ブラジル音楽好き」とは、ちょっと違いますね?

吉田

ジョアン好きかな(笑)。
わたしはブラジル音楽という
ジャンルが好きなんじゃなく、
ブラジルで生まれたジョアン・ジルベルトや
アントニオ・カルロス・ジョビンという
“ひと”が好きなんでしょうね。
それにある意味、
ジョアンもブラジル的ではないんです。
ブラジル音楽って全体的にみれば
もうちょっと陽気だし、華やかだから。
彼はボサノヴァを創ったひとだけど、
表現としては異質。
わたしはそういうジョアンが好きなんです。
そしてわたしがやっているのも・・・・・・時々、笹子さん
(ギタリストでショーロクラブのメンバー笹子重治氏)と
「わたしたちがやってるのは
ブラジル音楽ではないのでは?」って話すんですね。
少なくとも、わたしと笹子さんの
二人でやるライブについては、そうなんじゃないかって。
ブラジル的じゃない。
ものすごく日本的。

keicoy6

吉田慶子、笹子重治。  photo by tanakasan

ーー

ええ、わかる気がします。
向こうではサウダージと呼ばれるものが、
慶子さんが歌うと、わびさびのエッセンスというか、
日本的な"間(ま)"のようなものが入ってくる。

吉田

そうかも。
だからわたしのやっていることは、
伝統的なブラジル音楽を歌っているという意味では
たしかにそうかもしれないけど、
「ブラジル的」とは思っていないというか。

ーー

サンバカンソンを歌うときの慶子さんなりのポイントって
どんなものですか?

吉田

サンバカンソンってもともと、
オーケストラというか大編成をバックに歌う
日本のムード歌謡みたいなものなんです。
そういうふうに生まれたものなんだけど、
メロディーそのものを取り出しても、すごく美しい。
その美しさ、ハーモニーの魅力を壊さないように
気をつけてますね。
ジョアン・ジルベルトは
ボサノヴァのひとと言われるけど、
実際に歌っているのは古いサンバカンソンなの。
彼が歌うとボサノヴァと言われる、というだけで。
つまり彼は、
サンバカンソンから華やかさを取りのぞいて、
楽曲の核みたいなものを抽出したんですね。
楽曲の核を大事にすることで、
その曲をまったく別の物としてよみがえらせた。
わたしがジョアンを好きなのはそこなんです。
だからわたしも歌うときは、楽曲の核、
美しさの核を大事に思って歌ってます。

ーー

飾りをそぎ落としたところにある
エッセンスを愛でるというのは、
慶子さんにとっては音楽だけじゃなく
人生にも通じていそうですね、きっと。

吉田

そうだと思います。
そこを大事にしたい。
わたしはそれをとても美しいものだと思ってるし、
いいなと思ってるんです。

ーー

ライブでは歌詞についてもよく触れてますよね。

吉田

その時々ですね。
初めてのひとが多かったら説明するし、
常連の人が多いときはあまり説明しない。
でも、できるだけ曲の説明はしたいと思ってます。
ポルトガル語はやっぱりなじみが薄いのと、
わたしがなぜこの曲を好きなのかを、
ちょっぴりでも伝えたいんですよね。
「ここの響きの、この言葉の、ここがいいよ!」って(笑)。
ただ、どちらかといえば歌詞そのものは
あまり重要視してないの。

ーー

えっ、そうなんですか?

吉田

だからポルトガル語なんだと思う。

ーー

ああ、そうか・・・・・・!

吉田

日本語の歌をあまり聴かないのも、
ひとつには歌詞があるかもしれないですね。
歌詞が音楽の邪魔をして、曲に入り込めないんです。
音の美しさに感動したいのに、
具体的な言葉がいっぱい入ってくると集中できない。
わたしは“音”を聴く人間なんだと思う。

ーー

なるほど。
一瞬、意外な気もしたんですけど、
言われてみればすごく納得。

吉田

でも、すべてのひとが
わたしのような聴き方をしているとは思わないし、
なにが歌われているかを大切にするひとも多いから
説明するけど、
実はわたし自身はあまり関係なくて。
・・・って、こんなこと言っちゃいけないか(苦笑)。

ーー

ということは、
歌詞がわからないまま歌うのもOKなんですね?

吉田

全然平気(笑)。
だってこんな美しい曲なんだもん!って。
でも、なんとなくの内容だけでも知りたいというのも、
よくわかる。

ーー

料理でいえば、美味しい!だけじゃなくて、
素材もちょっと知りたい、という気持ちは
やっぱり出てきちゃうかもしれないですね。
それと文化が違うので、
「こういう歌なんじゃないか」という予想が
通用しない気もして、
少しだけでも知って安心したいというのもあるかも。

吉田

わたし自身は歌詞重視ではないにしても、
ボサノヴァもサンバカンソンも、歌詞もすごくいいです。
本質的だし、美しい。
韻を踏むセンスもすごく高度。
だから、よく「曲を作りませんか」って
言われるんですけど、
わたしはいまだ一切興味を持てないんです。
たぶんそういった素晴らしいブラジルの曲を歌うことで
満足してるんですよね。
歌詞の部分も、とても普遍的なことが歌われてますから。
わたし、自分の気持ちを表すことに
興味がないんですよ。
“主張”じゃなくて“表現”なの。
わたしの気持ちを聞いてほしい、というのがないから、
自分で曲を作ることに興味がなくて。

keicoy7

photo by tobotobosan

ーー

きっとクラシック音楽の演奏もそうですよね。

吉田

あ、そうそう。同じです。

ーー

譜面を理解したり、作曲家のことや時代背景などに
思いを寄せたりしながら、
曲に自分の気持ちを重ねていくというか。

吉田

そういう楽しみなんですよね。
それに「オリジナルは作らないんですか?」と
言われると、
「オリジナル」ってなんだろう?と思うこともあって。

ーー

ジャズ評論家の相倉久人さんが
「オリジナルとオリジナリティは違うんだ、
真のオリジナリティというのは
『俺にはこうしかできない』というのを見つけたときに、
それがオリジナリティになるんだ」と
おっしゃってたんです。
それはつまり自分で作ったからといって
オリジナリティがあるとはかぎらなくて、
大切なのは、自分で作るにしろ
誰かの曲をカバーするにしろ、
そこに自分らしさというオリジナリティが
宿っているかどうか・・・ということなんだなぁと
思ったんですよね。

吉田

なるほど。
わたしは、サンバカンソンと呼ばれているものには
ほんとうに素晴らしい曲が
たくさんあると思っているんですね。
わたしが手をつけていない美しいものも
まだまだたくさんある。
だからあえて自分で曲を作ろうという気持ちには
ならないんですよ。
というより、そういった美しい曲たちを
わたしのなかで消化して表現するだけで、
充分に満たされるんです。

<次回に続きます>



myjoao_sound5

myjoao_mae myjoao_top myjoao_tsugi

myjoao_home2