谷川賢作(たにかわ・けんさく)

作・編曲家、ピアニスト。
1960年東京生まれ。ジャズピアノを佐藤允彦に師事。
代表作に、映画「四十七人の刺客」「竜馬の妻とその夫と愛人」、
NHK「その時歴史が動いた」テーマ曲など。
88、95、97年に日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。
演奏家として、現代詩を歌うバンド「DiVa」や
ハーモニカ奏者の続木力とのユニット「パリャーソ」などで活動中。
また、父である詩人の谷川俊太郎と朗読と音楽のコンサートも全国各地で開催。
ツイッター ▶オフィシャルサイト






























「ぶれたっていい。
僕らは灰色の世界を生きているのだから」

───谷川賢作 

2011年12月16日インタビュー:
津田大介の「メディアの現場」2012.3.28.(vol.27)掲載より──


「ぶれない」はかっこよく、「ぶれる」はかっこ悪い。
巷ではそんな物差しが一般的になって久しいですが、
昨年の3.11以降においては、ことはそうシンプルではないのではと思います。
いまだ収束の目処さえ見えない福島第一原子力発電所の事故や
放射能問題について、
何が事実で、何が正しく、何が誤りなのか──。
それらを考えれば考えるほど、ぶれまくり、
揺れ続けけてきたという谷川賢作さん。
その姿はいわゆる「かっこいい」ものではないかもしれませんが、
ひとりの音楽家として、子を持つ親として、
3.11以降のさまざまな問題と真剣に対峙していることが伝わってくる
非常にシンパシーを感じるものでした。
谷川さんは言います。
「僕らは灰色の世界を生きている。ぶれたっていいんだ」と。
この言葉に共感を覚える人は少なくないと思うのです。



────

賢作さんにお話をお伺いしたいと思ったのは、
共通の友人越しにフェイスブックを拝見したのが
きっかけなんです。
オフィシャルサイトに
「ぼくはこれからも『ぶれて』いこうと思う」と
お書きになっていましたが、
東日本大震災が起きた3月11日以降の
賢作さんの書き込みの「ぶれ幅」といいますか、
絶望したり楽天的になってみたりという行ったり来たりの幅が
とても印象的だったんです。

谷川

はい、ぶれてます。
もうそれしかないですね(苦笑)。

────

決して否定的な意味ではないんです。
私が目にしている範囲での話ですが、
最近では特に原発問題に関して
ネット上に積極的に意見を書き込みをしている人のなかには、
いったん自分の立ち位置や姿勢を表明してしまうと、
その後はもう、「絶対にぶれちゃいけない」と
頑なになっている人も少なくないと感じるんですね。
もちろんそういった強い気持ちを否定するつもりはないですが、
賢作さんの佇まいは、より自然というか、
人間ってそういうものだよねと感じたんです。

谷川

フェイスブックって、
ニュースやブログの記事を拾ってくる人も多いですよね。
シェアをしたりして。
特に原発関連で言うと、いったい誰のために、
何のために拾っているのか今ひとつわからないし、
僕も同様なんだけど、
それを拾ってきてフェイスブック上に置く時には、
僕はできるだけその記事を
ニュートラルにしておこうと思うんです。
だって、その内容にどれだけ確信を持てるか・・・・・・
真実かどうか、本当のところはわからないですよね?
だから、怒りをくっつけてシェアして炎上しているのを
ほかの人のところで見かけたりもしますけど、
そういうのはあまり好きじゃないし、
自分自身がバランスをとるためにも
楽しいこともどんどん拾って載せたいなという思いが
あるんです。

────

今おっしゃったように、
賢作さんの「ぶれ」はまわりに流されてのものではなく、
ご自身のバランスをとるためにあえて・・・・・・という部分も
大きいですよね。
それって実は、とても精神力が必要だと思うんです。

谷川

家族や友だちには、すごく心配されますね。
ツイッターとかフェイスブックでの僕の書き込みを見て、
「大丈夫?」って。
特に3.11以降しばらくの間、
あれこれと記事を拾ってきては
フェイスブックに置いていたのは、
自分の精神的な治療という側面もあったと思いますし。

────

私も同様でした。
多くの人が情報不足からくる強烈な不安感をなんとかしようと、
ニュース記事やら動画やらを手当たり次第に
シェアしまくっていました。

谷川

まあ、いまだに原発の問題に関して
途方に暮れてる感じはありますけどね。
僕の場合は、地震や津波による被災という認識から
原発被災の問題に頭がシフトするのに、
けっこう時間がかかったんですね。
最初は放射性物質が降ってくるというのも
あまり実感が伴っていなくて、
次第にじわじわと、ネットの情報だとかを見るなかで
「ああ、そうなんだ」ってわかってきて・・・・・・。
でもいったんそうなってくると、
やらなきゃいけない作曲の仕事があってもやれないんですよ。
原発が気になっちゃって。
ずっとコンピュータの前にかじりついてましたね。

────

あえてお伺いしたいんですが、
どんな気持ちでコンピュータにかじりついていたんですか。

谷川

うーん・・・・・・たぶん最初のうちはまだ、
解決策があるような気がしていたんだと思います。
収束すると思ってたんじゃないかな。
真実も「わかるはずだ」って、
ちょっと思っていたのかもしれません。
大前研一さんだとか何人かの方がスパッと明確に
語っているのを見たりして。
真実を知ろうと一生懸命だった気がしますね。

────

真実というのは、
事故を起こした福島第一原子力発電所の現状やこれからのこと、
拡散された放射性物質の問題に関してですよね。
いったいどの情報、見解が正しいのかと。

谷川

そうそう。
何km圏内を管理区域にするのが正しいのかとか。
でも時間が経って、
いろんな情報に触れていくなかで僕が辿り着いたのは、
「やっぱり真実はわからない」ということでした。
事故後の原発に覆面で潜入して取材していた人の会見なんかも
ちょっと見ましたけど、
そういうのを聞いてすら、
結局僕らには何が真実なのかわからないわけじゃないですか。

────

ええ。

谷川

誰かは真実を知っているのか?
東電や政府の人たちは真実を知っているのか?と
考えたりもするんです。
それも僕にはわからないけど。
でも、もし彼らが何かしらの真実を知っているとしても、
国には国民のパニックを防ぐ責任もあって、
僕もそれはそういうものだとも思うんです。
たとえばの話、仮に福島のいくつかの市町村から
何十万人もの人を避難させるというのは、
口で言うのは簡単だけど、
現実的にはとんでもない重大事でしょう。
とりあえず退避したものの、その後はどうするんだとか。
そういうことも考えていくと、
僕がこの事故の真実というか全容を知ることは
不可能なんだと思うんですよ。
とは言いながら、いっぽうでは心のどこかでまだ、
知識を増やすことで真実に近づけるのかもしれないという
気持ちもあるわけで・・・・・・。
結局、ぶれ続けてるんですよね。

人生に意味はない、人生は味わうもの

────

そんななかでもライブ活動はコンスタントに
なさってましたよね。
震災から10日ほど過ぎた頃、フェイスブックに
「2日続けてライブをしたら、
からだの細胞がよみがえった感じ」と書いていらしたのが
印象に残っています。
精神面で無理に自粛をしていない感じがしました。

谷川

音楽に関しては・・・・・・やっぱり僕は、
現時点では音楽はやめたくないんです。
あれこれと考えたりもするんですけど、
結局は「自分は一生懸命に音楽をするんだ」
っていうところに戻るんですよね。

────

あれこれ考えるというのは、3.11を受けて
「音楽をやめる」とか「やれない」というような
選択肢が浮かぶ、あるいは、
浮かんだということですか。

谷川

そうですね。

────

音楽をやるよりも、震災被害や原発の問題に深く関わる
何かをやったほうがいいんじゃないかと?

谷川

具体的にではないけど、そういうことも考えましたね。

────

それでも「やっぱり音楽だ」というところに
気持ちが戻るようになったのは、
どういう心の動きがあったんでしょうか。

谷川

高橋悠治さんが『アルテス Vol.1』の中で言っている、
「地震があれば思想が生まれるというわけにはいかない」
「みんながそれ(=震災)についてひとこと言って、
原稿料をもらう。それは便乗である」
という忌憚のない発言や、
糸井重里さんの、
「震災のようなことがあると、みんな自己表現をしたくなる。
でもそれではだめで、みんなひとりの人間に戻って
バケツリレーの一員として人から頼られなくては」
という内容の言葉に、がーんときました。
だから結局、
「やいのやいのとうるさく
自分の小さなメッセージなど音楽に込めずに、
ただ黙って淡々と音楽をやることしか、やることはない」
と、そんなふうに戻っていきました。

────

音楽家にかぎらず、
それまでやってきた日々の自分の仕事に疑問を感じた人は
少なくなかったですね。
そして「こんなことやってる場合じゃない」とか
「もっと役に立たなくては」と焦ったりもして。
でも、「じゃあどうすればいいのか」という
具体的なところにはなかなか辿り着けなくて。

谷川

わかります。
僕も「何か行動を・・・・・・」とは思ったんです。
思ったけど、その行動のエネルギーの源になるのは結局、
音楽なんですよ。
あれこれ考えた末に、やっぱりそこに戻った。
もちろん、そんなことを言ってられない状況も
存在するとは思います。
今後また何かが起きて、
東京にも住めなくなるということになれば、
仕事も生活の拠点も一気になくなるわけだし、
その時点で今までとは違う次元の人生に
行くだろうとは思うんですね。
でも今はまだ、
僕はそこまで追い詰められてはいないんだと思うし、
であれば、できるかぎり音楽をやって、
そこに自分の生きている意味を見出したい。
まあ、それほど大袈裟に語るようなものじゃない気も
するんですけど。
父親は、谷川俊太郎は、
「人生に意味はない」って言ってますし。
意味など考えずに味わいなさいと。

────

『アルテス』のなかで高橋悠治さんは
「資本主義社会には“必要”だとか“役に立つ”ということが
重視されて、
必要じゃない、社会の役に立たないものは
“やってはいけない”という思想があるが、
それはいかがなものか」とも話していらっしゃいますが、
「人生に意味はない」という言葉は、その話にも通じますね。

谷川

うん。
だから僕は、悠治さんの話も、俊太郎のこの言葉も、
非常に腑に落ちるんです。

子どもたちに何を伝えるのか

────

賢作さんはここ数年、子どもたちと一緒に
音楽創作やミュージカル制作をなさったりもしていますよね。
東京・中野の「ZEROキッズ」や、
石川県の「金沢ジュニアオペラスクール」、
そして3.11以降は子どもたちを交えて
復興支援ライブをやったり、
昨年の9月には絵本作家のあべ弘士さんたちと、
いわき市で「いわきわくわくキッズミーティング」という
イベントをなさったりもしていました。

谷川

別に子ども好きというわけじゃなく、
どちらかというと得意じゃないんです(苦笑)。
縁があってというか、自分でも不思議なんですけどね。
でも一緒にものを作ってると勉強になりますよ。
人とのコミュニケーションを子どもから教わることも
ありますしね。

────

3.11以降、子どもたちと接していて、
彼らの変化など何か気になることはありますか。

谷川

うーん・・・・・・それはあまりないです。
いわきの子はとにかく元気なんでびっくりしましたね。
50人くらいだったかな?
「いわきアリオス」っていう施設で、
みんなで絵を描いて大漁旗を作ったんですよ。
それを掲げて、
ホールはまだ壊れていて使えなかったんで、
館内をチンドン屋みたいにパレードして歩いたんだけど、
みんな本当に元気で、
関西あたりの子と全然変わらない感じだったんです。
すごく良い子もいれば、延々とふざけてる子もいて、
ぐちゃぐちゃな集団で面白かった。
こっちはけっこう身構えて行ったんだけど、
むしろエネルギーをもらったというか、
「大丈夫じゃん」と思っちゃいました。
まあ、実際には大丈夫じゃないんでしょうけど・・・・・・。
原発というか、放射能問題も気になりますから、
僕なんかうっかりすると「ここに住んでて大丈夫か!?」と
言い出しかねない部分もあるんです。
でもやっぱり、大漁旗を掲げてパレードしてる子どもたちの
楽しそうな姿を見ていると、
「大丈夫だ!」って思いたくなるんですよ。
ものすごく複雑。
アンビバレントの極地ですよね。

────

でも賢作さんとしては「大丈夫だ」のほうに振り切って、
一緒に楽しんだわけですね。

谷川

いやあ、もうそれはねぇ・・・・・・ものすごく複雑だけど、
それでも、楽しいことが一番だと思うから。
1日のうち数時間でもいいから
楽しい側にシフトしておかないと、
心がもたないです。
特に子どもはそうだと思う。
子ども時代に楽しいことをたくさん積んでおかないと、
成長してから何かが欠落してしまう気がするんですよ。

────

子どもは、そうとは見えなくても、
社会や大人たちの空気をとても敏感に感じ取っていますよね。
そして、それは心の成長にダイレクトに反映する。
つねに不安にさらされて日々を送ることの心身への影響は
計り知れないと言う人は少なくないですね。

谷川

あの、『みえないばくだん』っていう絵本、
ご存じですか?

────

読みました。
原発や放射能汚染の問題が、
子どもにもわかりやすい絵と文章で綴られていて、
もとはYouTubeにアップされて話題になっていたものですね。
BGMに賢作さんの演奏が使われていて。

谷川

それが絵本になって出版されたんです。
文章を書いているのは「sister☆sister」という
ママさんゴスペルチームをやっているお母さんなんですけど、
本にする時、ラストをどうするかで出版社の方と
かなり話し合ったらしいんですね。

────

ラストというのは、
放射能汚染が未来の子どもたちに
どんな影響を及ぼす可能性があるのかを描写した部分ですよね。
YouTubeのオリジナル版のほうは、
ある女の子の手の形がほかの子どもたちとは異なっているという
具体的な描写でしたが、
絵本のほうでは、
女の子はちょっとだけ病気を持って生まれてきた・・・・・・と、
ややマイルドに変更されていますね。

谷川

つまり、それだけシリアスな問題だってことですよね。
YouTube版は音楽があったほうがということで
僕も協力しているし、
この絵本自体は広く読んでもらいたいと思うんです。
と同時に、子どもに読ませる時には配慮も必要だなと。
僕ら大人はつい、
「子どもたち」と一括りに考えちゃいますけど、
子どもたちの物事への興味の示し方は千差万別ですからね。

────

子どもによって感受性が異なるということですね。

谷川

僕は児童心理学だとかはわからないんだけど、
この絵本は、親が子どもと一緒に読みながら
「どう思う?」って問いかけることはできると思うんです。
でも僕個人で言うと、自分の子どもには
それ以上のことは言えないんですよ。

息子は今16歳なんですけど、
小学6年の時に一緒に海外旅行に行ったんですね。
で、あるホテルの天井だったか壁だったかを見ながら、
僕がふざけて「これ、アスベストかもなあ」と言ったんです。
ちょうどアスベストの問題が取り沙汰されてた頃で、
僕としてはまるっきり冗談のつもりで。
たぶんアスベストじゃなかったと思うし。
でも、その日の夜から息子がホテルで
「眠れない眠れない」って。
「お父さん、アスベストのこと、ちゃんとわかってるの?
アスベストっていうのは肺が痛くなって・・・・・・」って
言い出したんです。
それで慌てて、
「おかしなことを言っちゃってごめん!」と謝って。
つまり息子は、僕のたったひとことで
眠れないほど気になりだしたんですよね。
そういう性質の子どもにあの絵本を見せる時には、
それなりの心構えや準備が必要だと思うし、
日々の生活でも、大人社会の複雑さが
子どもに与える影響みたいなところは、
やっぱりちゃんと考えなくちゃと思いますね。

────

おっしゃるとおりだと思います。
ほかにも、息子さんや子どもたちと接していて
何か感じることはありますか?

谷川

さっき「子どもたちを一括りに考えちゃいけない」と
言ったのに反しますけど、
最近の子どもには、
正解と不正解しか見ていない子が
けっこう多いなあと思いますね。

────

それは、正解か不正解、白か黒というように、
物事を判断する際の選択肢が
極端に限られているということですか?

谷川

そう。
でも、今の社会の状況というのは、ものすごくグレーでしょう?
「世の中はグレーなんだよ、複雑なんだよ」ということは、
子どもたちにはうまい言い方で伝えるようにしてますね。
「ぶれていい」という言い方は
子どもはよくわからないだろうけど、
現実の社会には正解と不正解では括れないものが
たくさんある・・・・・・というより、
そういうものがほとんどなわけだし、
「僕たちはグレーな世の中を生きてるんだよ」ということは
伝えなくちゃと思うんです。
もちろん「それでも楽しく生きようね」ということも
忘れずに伝えようと思いますけどね。

────

賢作さんにとって「楽しく生きる」ことは、
やはりとても重要なテーマのようですね。

谷川

そうですね。
生きている時間のなかで、
明るく楽しい時間をどれくらい持てるか。
基本的に、人生つねに笑っていたいというのがあるんで。

────

俊太郎さんの「人生は味わうものだ」に通じますね。

谷川

音楽家のなかでもいろんな人がいて、
たとえば坂田明さんは
「音楽家は音楽をやればいい。
我々はいつか死ぬんだから、
死ぬまできちんと自分の仕事をやり遂げよ。
それが人生である」と・・・・・・。
それはどちらかというと
俊太郎に近い言い方だと思うんですけど、
そういう明解な人もいるし、いっぽうで、
悩みがすごく深い人もいるんです。
僕はどっちもありだと思っていて、その上で、
悩みがちな人というのは、
悩む方向にどんどんどんどん、いくらでも行くんですよね。
悩みが蓄積していく。
それはどこかで制御しないと、
本末転倒じゃないですけど、
実際の問題による影響よりも
自分の負のエネルギーによる影響のほうが
大きくなっちゃうと思うんですよ。

たとえば、
学校給食の食材にどれくらい放射性物質が含まれているか。
僕の息子の学校は父兄も昼食作りに参加しているので、
僕も月に1度、昼食を作りに行っているんです。
だから食材を調達される方々の並々ならぬ苦労もわかりますし、
「みんなで立ち上がろう!」というのも理解できます。
給食の状況も変わるかもしれない。
でも感情まかせに強引にやってしまうと、
また別の問題が起きてくると思うんですよ。
だから、これは自分にも言えることで、
平常心というのかバランスというのかわかりませんけど、
そういうものはすごく意識してる気がしますね。

────

お話を伺っていて、なんとなく
「やじろべえ」を思い出しました。
右に左に重心を大きく揺さぶられながらも、
結局は真ん中に立っている。
オフィシャルサイトにお書きになっていた
「ぼくはこれからも『ぶれて』いこうと思う」の言葉には、
「ただし、ぶれてもゆらいでもいいから、折れないようにね」
という続きがありましたよね。

谷川

ぶれていても倒れないっていう(笑)。
ただ、自分の落としどころというのは
いつも考えてる気がしますね。
自分をどこに置いておけばバランスをとっていられるかは、
ぶれながらもつねに考えてます。

────

ただぶれ続けているだけでは酔いそうですもんね。

谷川

そうそう(苦笑)。
そういう意味ではやっぱり、僕にとっては
音楽というアウトプットがあることがとても大きいです。
それと、人が何かを楽しんでいるのを見るのが好きというのも、
日々の原動力になってるんですよ。
だからフェイスブックに深刻な原発のニュースを置いた後に、
動物の面白い写真を載せたりするのも、
人が楽しんでいるのを見たいからだし、
それによって自分も元気になるっていう、そういうことです。

────

重たいつぶやきから毒舌、ひょうきんなネタまで、
いつも楽しませていただいてます。
賢作さんの書き込みは、原発や放射能問題を考えていくなかで、
ともすれば心理的な視野狭窄になりそうなところを
ふっと視界を変えてくれるというか、
「ああ、ぶれてもいいんだ」と気をラクにしてくれる
作用があるように感じてます。

谷川

このぶれは細野晴臣師匠ゆずりですから(苦笑)。

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ホームページでも、細野さんの『分福茶釜』の一節を
引用なさってましたよね。
「中庸というのは、あっちとこっちの両方に行かないと
真ん中にならないという教えなのかもしれない、
振り子みたいに」という内容で。
今の時代を生き抜くには、こういう柔軟さ、
たくましさが必要かもしれません。

谷川

そう思います。
このグレーな、灰色の時代は、
僕たちが死ぬまで、いや、もっと続くんですから。