藤波心(ふじなみ・こころ)

アイドル、タレント。
1996年生まれ。ファッションショーのモデルをきっかけに芸能活動をスタート。
以降、グラビアや映画などで活躍。
福島第一原子力発電所の事故をきっかけにブログやツイッターで脱原発を呼びかけ、
岩井俊二監督によるドキュメンタリー作品「friends after 3.11」への出演や
脱原発をテーマにした楽曲「LOVE!LOVE!ハイロ!」のリリースなども話題に。
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「弱い者を守り、互いを助け合える世界に暮らしたい」

───藤波心 

2011年12月12日インタビュー:
津田大介の「メディアの現場」2012.3.28.(vol.27)掲載より──


2011年の3月23日に、原発問題に関する率直な思いをブログに綴ったところ
賛否合わせて1万 4000件のコメントが殺到し、瞬く間に炎上。
その状況やブログに書かれた内容に著名人も注目したことから、
"B級アイドル"として活動していた15歳の藤波心さんは
脱原発界の若き新星として注目されることになりました。
それにしても、大人でも(いや、大人だからこそ)おおやけに語るのが
憚られる原発問題についてためらうことなく明言し、
多くの批判にも耐えてきた心さんを支えるもの、
その思いの源とは何なのでしょうか。
そして彼女が思う、今の日本に必要な「希望」とは?
日本の未来を創り、担っていく15歳のナマの声をお届けします。



────

取材やトークイベントで話す機会が増えましたよね。
もう慣れましたか?

藤波

やっぱり緊張はしますね。
私、ブログを書く時はすごく時間をかけるんです。
下書きにいったん保存して、それを何度も何度も書き直して。
でも、話すのはやり直しができないので、
いつもできるだけ事前に
何を話すかを考えておくようにしてます。

────

特に昨年以降は、原発の話が中心ですもんね。

藤波

そうなんです。
すごく気を遣います。

────

今日はできるだけざっくばらんに話してもらえると
うれしいです。
まずは心さんが一躍注目を集めるきっかけになった
昨年のブログの話からお伺いしたいんですが、
あの「批難覚悟で・・・」と題された内容については、
東日本大震災や福島第一の原発事故に対する
友だちの関心の薄さに驚いたのがきっかけになったと、
エッセイ集『間違ってますか? 私だけですか?
14才のココロ』で書いてましたよね。
そもそも、反原発的な意見を書くことや、
それに対するファンの反応に不安はありませんでしたか?

藤波

実はそれほどなかったんです。
「批難覚悟で・・・」とは書いたものの、
いつも読んでくれている方からいろんな意見がくるだろうな、
多少の意見の食い違いはあるかも・・・・・・くらいの予想で。
私としては友だちとの温度差や、
CSと地上波との報道内容の違いが気持ち悪くて、
いつもブログを読んでくれている人が
どんな考えを持っているのか、
訊いてみたかっただけなんです。
まさか1万4000件ものコメントがくるなんて、
後になってから事の重大さを理解しました。

────

かなり辛辣なコメントも見かけましたが、
ブログのコメントの公開/非公開は誰が決めているんですか?

藤波

私です。
だからあの炎上の時も、
個人データが書かれているようなものは
さすがに事務所の人に相談して決めていきましたけど、
それ以外は1万4000件すべて
自分でひとつひとつ読んで公開していったので、
とても動揺したし、落ち込みました。
正直、書かないほうが良かったのかなって、
悩んで、引き籠もった時期もありましたね。

────

どんなふうに悩んでました?

藤波

まずブログを書く以前に、
仲良しだと思っていた友だちに原発の話をしたことで、
「心ちゃんって、そういうこと言うんだ」みたいな、
腫れものに触るような対応をとられてしまって、
それがものすごくショックだったんですね。
その後にブログでも批判されたので
さらにショックが重なった感じで、
たとえば「専門家にあやまれ」とか
「アイドルがそんなこと言うな」っていうような、
ひとことコメントにヘコんだりすることが多かったです。
あと、それまでイベントをすると
絶対に来てくれたファンの人から、
「アイドルの心ちゃんは水着を着て笑ってればいいのに、
ゲンナリした」みたいに言われた時も、
本当に落ち込みましたね。

────

でも心さんは
「アイドルだって、そういうことを言っていい」
と思っていたわけですよね?

藤波

そうですね。
自分のなかの信念というか、私のなかで
「書いてもいいはずだ」っていう思いがあったから、
消したりあやまったりするには至らなかったんだと思います。

────

そして、その後も信念は曲げず、
ブログやツイッターに率直な意見を書き続けましたよね。
当時、心さんの気持ちを支えていたものは何だったんですか?

藤波

ひとつはやっぱり家族ですね。
落ち込んでいた時に、1回、
お母さんの前で泣いちゃったことがあるんです。
でも「必ずどこかに同じ意見を持っている人がいるから」と
言ってくれて。
その時はあまり聞き入れられなかったんですけど、
そういう家族の応援があったからがんばれたし、
後になってみると、
お母さんの言葉は正しかったなあと思いました。

というのも、批判のコメントもたくさんもらいましたけど、
7割は賛同のコメントだったんです。
著名な方から励ましのメッセージをいただいたりもして。
逆に過激な批判コメントを書く人のなかには、
匿名だったり、
名前を変えて何度も何度も書く人もいたんですね。
当時は落ち込んでいたので
そういうところに目がいかなかったんですけど、
立ち直ってから考えると、
あそこまで落ち込む必要はなかったかなと思いましたね。

────

心さん、強いですね。

藤波

マネージャーさんに
「図太い」って、よく言われます(笑)。

なぜ原発問題を考えるのか

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その後、脱原発のデモやイベントに
参加するようにもなりましたよね。
どんな気持ちからですか?

藤波

一番の動機は、原発の問題は
生きるか死ぬかに関わることなので、
世代や性別に関係なく、
みんなが自分自身の問題として話し合おうよ、
という気持ちですね。
実は学校の授業でショックなことがあって・・・・・・。
震災の後に、ちょうど教科書に原発の項目が出てきたんです。
私はてっきり、みんなで話し合ったりして
原発について掘り下げるものと思ってたんですね。
でもそういうこともなく、
教科書に書かれていることを読んで、
震災も原発事故も
何もなかったような感じで授業が進んでいって。
私は普段は兵庫県に住んでいて、
震災が起きた3月11日もまったく揺れなかったし、
体感としては何も感じなかったんですね。
なので、危機意識や関心が低い人が
多いのかもしれないんですけど・・・・・・。

────

「先生、スルーしちゃうの!?」と思ったんですね。

藤波

そうなんですよね。
昨年の3月以降、テレビや政府の人たち、
大きな会社の偉い人だとか、
信用できると思っていた人が
実はそうじゃなかった・・・・・・というのを
本当にたくさん見たので、
「ああ、やっぱりそういう感じなのか」と
諦めに似た気持ちもあったんですけど、
それでもやっぱりショックでした。
その時から、こういう出来事に対して
もっともっと話し合う場を設けてほしいなって
強く思うようになりましたね。
特に、いろいろな人と会って話したり、
ツイッターやブログのコメントを読んだりしてると、
私と同世代から大学生ぐらいまでの若い人が、
意外と「原発がなくなったら電力がなくなる」という
考えなんです。
もちろんそういう意見がダメだっていうことでは
ないんですけど、
若い世代は内部被曝の問題も深刻と言われているし、
税金のことも含めて、
この先いろんな問題を背負って、
ツケを払っていかなくちゃいけないじゃないですか。
そしてさっきも言いましたけど、
原発の問題は誰にとっても生きるか死ぬかに関わることだから、
それぞれがもっと自分自身の問題として
考えていく必要があると思うんですよね。

────

心さんは以前から、そんなふうに
人の生死について考えることが多かったんですか?

藤波

多いかどうかはわからないんですけど、
私のお母さんが10代後半で死にかけたことがあって、
今も大腿骨骨頭壊死という脚の病気で、
他にもいくつか病気を持ってるんです。
そういうお母さんに育てられてきたので、
夜にベッドに入って眠るまで、
そういった生死に関することを考えた・・・・・・ということは
多少はありましたね。

────

じゃあ原発の事故に反応したのも、
何が正しいのか?という理屈めいたことを考える以前に、
生理的に反応したところが大きいのかもしれないですね。

藤波

そういう部分はあると思います。
もちろん将来に対する不安から反応したところも
大きいと思うんですけど、その先の、
今これを言わなきゃとか、
今あそこに行かなきゃ・・・・・・っていうのは、
直感の部分もあると思いますね。
なんていうか、
たとえば目の前におじいちゃんが倒れていたら助けますよね?
起こしてあげる。
それと同じような感覚なんです。
日本が大変なことになってる、だから考える、動くっていう。

────

ただ、15歳だと、
そういう問題意識を分かち合える友だちは多くないでしょう?

藤波

多くないです。
だから友だちと話していても、
根底の部分で多少の温度差を感じることはありますね。
今思うと、小学校の高学年に入ったくらいからかな・・・・・・。
友だちと話が合わないことが増えてきて。

────

たしか小学4年生の頃からタレント活動を始めたんでしたよね。
それも理由のひとつかも?

藤波

そうかもしれないです。
あと、私の家は自宅兼お店という感じで小料理屋をしていて、
お母さんと一緒にいたいから、
いつもお店で宿題をやったりしてたんです。
大人と一緒にいる機会が多かったので、
そういうことも影響しているかもしれないですね。
あ、でも、別に友だちと話さないとか、
そういうんじゃないんですよ。
私もドラマや歌の話をするのも好きだし、
普通のところもたくさん持っているので(笑)。

自分の頭で考えるということ

────

さっき「信用できると思っていた人が、実はそうじゃなかった」
という話がありましたが、
信用できるものがなくなるというのは
とても大きな問題だと思うんです。
特に心さんの世代は、
「この人は信用できる」と思える存在・・・・・・
学校の先生や何かの専門家、
もちろん身近な大人でも誰でもいいんですが、
そういう人たちの言動をひとつの物差し、
鏡として自分を育てていく。
つまり「誰も信用できないかもしれない」という状況は、
師がいないだけでなく
物差しを持たないということでもあって、
これは本当にゆゆしきことだと思うんですね。

藤波

私もそれが一番の悩みのタネです。
震災以降いろんなものが信用できなくなったので、
何を聞くにしても見るにしても、
すごく深読みしてしまうというか、
裏を見てしまうようになって。
そのぶん、物事について自分で掘り下げて考える力は
ついたのかなとも思いますけど。
ただ、自分で掘り下げて考えるというのは
本当に大事なことだとも思うんです。
もちろんテレビのように情報を発信する側には
それなりの責任があると思うんですけど、
私たちがこんなふうに危険と隣り合わせで
暮らさなきゃいけなくなったのも、
日本で暮らしている全員が
物事を自分で深く考えてこなかったことにも
原因があると思うんですね。
だから、いろんなことを信じられなくなったことは問題だけど、
物事には「自己責任」というのがつきものなんだということを、
もうちょっと意識しなくちゃいけないんだろうと思いますね。

────

「自分の身は自分で守ろう」といった言葉も
聞くようになりましたよね。

藤波

信じられるのは自分・・・・・・じゃないけど、
私も自分でいろいろできるようにならなくちゃと
思うようになりました。

────

ただ、15歳が「信じられるのは自分」とか
「自分の身は自分で」と意識しなくちゃならない社会って、
なんとなく暮らしにくいところのような気がするんですよね。

藤波

たとえば災害時などは
家族と助け合ったりすると思うんですけど、
そういう意識を持つことで、考える力が身につくと思うんです。
自分で考える力をつけることは今の私たちには必要だから、
その意味で「自分の身は自分で守ろう」と意識することは
今の日本にはプラスになるんじゃないかなと思いますね。

────

心さん自身がそんなふうに自立を心がけるいっぽうで、
心さんは「反原発のジャンヌ・ダルク」と
頼られたりもしていますよね。
ブログに「そんな英雄の器ではありません」と書いてましたが、
そう呼ばれることについて、どう感じますか?

藤波

英雄の器じゃないっていうのもあるんですけど、
ジャンヌ・ダルクって
最後には処刑されちゃうじゃないですか(苦笑)。
呼ばれるようになってから調べて知ったんですけど、
そういうのもあって、あんまりいい気持ちはしてないです。
ただ、ツイッターやブログで
「大人たちに利用されてるよ」みたいに
言われることについては、
私がきっかけになって
より多くの人たちが原発の問題について考えるようになるなら、
利用してもらって構わないとは思ってますね。

────

「子どもを利用しないで、大人たちで何とかして」
とは思わないですか?
私は大人として の反省も含めて、そう思うんです。

藤波

大人の人たちに対して、
「あなた方がやってきたことの結果ですよね?」
という気持ちはあります。
あるんだけど、もうこうなってしまった以上、
みんなでがんばらなくちゃいけないっていう気持ちのほうが、
実は強いです。
だから、自分では何もしないで
「心ちゃん、がんばってね」と言う声に対しては、
それは人任せ過ぎじゃないかなあ、
ちょっと違うよね、と思うときもありますね。
でも、ジャンヌ・ダルクと呼ばれるのはイヤだけど、
私自身は誰かに言われたり頼られたりして動いてるんじゃなく、
自分がやりたくてやってる気持ちのほうが強いので、
そこは大丈夫です。

世のなか、なんでもお金なの?

────

原発問題から離れて、
心さんが日々の暮らしの中で
「これって変じゃない?」と感じているものはありますか?

藤波

私、スーパーのポイントカードが好きじゃないんです。
なんだかちょっとバカにされてる感じ、しないですか?
貯まればオトクなのも、
楽しんでいる人がいるのもわかるんですけど・・・・・・。

────

ポイントカードのどのへんがイヤですか?

藤波

たとえば「100円分買いものをしたら1ポイントあげます」っていう感じですよね?
うまく言えないんですけど、そういうのって、
お客様へのサービスとしてどうなんだろう?と思うんです。

────

気になるのは、客へのサービスが
お金に置き換えられている点?

藤波

あ、そうです、そうです。

────

なんでもお金なのか、っていう。

藤波

そうですね、そういうことだと思います。
ほかにもたとえば、電器屋さんって、
クリスマスシーズンにクリスマスプレゼントを買うと
無料でラッピングをしますっていうサービスが、
何年か前まではどこのお店でもあったんですよ。
なのに今ではサービスが廃止になっていたり、
紙とリボンを渡されて
「自分で包んでください」って言われたりするんですね。
競争相手がいなくなるとそうなるのかな?とも思うんですけど、
そういう考え方がすごくイヤなんです。

────

結局それは勝ち残るための戦術であって、
「もてなす」という意味でのサービスではない
ということですよね。

藤波

そう。
サービスをしなくても
そのお店は潰れずに残っていられるのかもしれないし、
そこにはお店としての努力もあるとは思うんです。
でもやっぱり、お客さんがいるから
続けていけるんじゃないかと思うんですよね。

────

目に見えないところの豊かさよりも、
1円でも安いことを求めてしまう消費者側にも
問題はあるかもしれませんね。
以前に何かの番組で、商品の値段はそれほど安くないけれど、
買ってくれるお客さんとの繋がりを大切にして、
商品のメンテナンスついでに、
本業とはまったく関係のない
「うちの窓が開きづらくなっちゃって・・・・・・」みたいな雑用にも
手を貸してあげるサービスがウケて、
たくさんのお客さんから贔屓にされている電器屋さんが
紹介されていたんです。
ご近所にお年寄りが多いこともあって
ニーズもあったんでしょうけど、
お客さんとスタッフが実に和気あいあいとして、
いい雰囲気だったんですね。
こういうのは、お金では買えないものですね。

藤波

「サービスはオプションですからお金を払ってください、
でも商品は安くしますよ」というのが
あたり前になってしまって、
ちょっとでも安ければいいという考え方が今は一般的ですけど、
これからはそういう人と人との繋がりを感じられる場というのが
大切になってくるんじゃないかなと思いますね。

────

そういった「真の豊かさとは」ということについては、
3.11以降、より考えさせられるようになりましたよね。

藤波

私も被災地に行ってきたんですけど、
いまだに苦しい生活をされてる方もまだまだたくさんいる・・・・・・
そのいっぽうで、私は親と一緒に普通の家に暮らして、
何不自由なくご飯を食べて、
夜になったら温かなお風呂に入って、
ベッドに入って寝る・・・・・・。
そういうあたり前の日常、生活というのが
本当にありがたいものなんだなっていうのは、
すごく感じるようになりました。
だから私も「世のなかのこういうところがイヤだ」と
言ってばかりいないで、
どうしたら改善できるのかを考えたいし、
そのためにも、おかしいなと思うことがあれば
ちゃんと声をあげていかなくちゃいけないと思いますね。
ただ、まわりと違うことを言うためには
勇気が必要な世のなかだなあとも思いますけど。

B級アイドルであり続けたい

────

心さんの活動は、どこまでが「仕事」ですか?

藤波

こうやって原発に関連するようなことで
取材をお受けしているのは、
まったく仕事ではないです。
アイドル活動も小さい頃からやっていることもあって
仕事というよりは趣味のような感覚があるんですけど、
仕事はお金をいただくもの・・・・・・という意味でいうと
アイドル活動以外については、
兵庫から出てくる時の交通費や食費も全部自己負担です。
なので、貯金もほとんどなくなりました(笑)。

────

今回いろいろな取材を受けるための上京も自腹で?

藤波

はい、そうです。

────

そうか・・・・・・、いや、そうですよね。
よく考えれば。

藤波

あ、でも、家族にも助けてもらってますよ。
仕事での収入もそんなに大きな金額ではないので、
仕事以外の部分では家族のサポートもあるんです。

────

安心しました。
ところで心さん、エッセイ本のなかで
「仕事が好き」と書いていましたよね。
仕事=アイドル活動だと思いますが、
どういうところが好きですか?

藤波

私、自分を「B級アイドル」と言っているんですけど、
その理由のひとつは、自分をグルメに喩えると、
ステーキとかの高級グルメよりも、
B級のたこ焼きとかお好み焼きかなと思うんですね。
親しみやすい感じもするし。
私は気軽に会えるアイドルでありたいというか、
ずっとそうあり続けたいという夢があるんです。
一番の楽しみはイベントの後にある懇親会で、
ファンの人とお菓子を食べたりしながら話すことなんですね。
グラビアの仕事で衣装やシチュエーションを考えたりするのも
好きなんですけど、
ファンの人と会って話ができるのが一番楽しいことなんです。

────

目下の夢はB級アイドルであり続けること?

藤波

はい、それが今のところ一番の夢です。
もちろん世のなかの状況とか私自身の年齢の問題もあるので、
いつまで続けられるかはわからないですけど、
できるかぎり続けていきたいなと思ってます。

────

「B級」から「A級」になりたいとは?

藤波

思わないです。
グルメ的に美味しくなることは目指したいですけど、
気軽に会えるアイドルという部分は絶対に崩したくなくて。
写真集を出したり本を出したりするとファンの人から
「遠いところに行ってしまった」って言われるんですけど、
遠いところには決して行きたくないので、
「女優さんとして成功したい」みたいな大きな夢は
特にないですね。
それよりも、アイドル活動自体を楽しんでやっていきたいです。
あ、でも、私、ニコニコ動画が好きなので、
Gacktさんとか坂本美雨さんみたいに
VOCALOIDの元の声をやってみたいなあという夢も
あるんですよ。
それが今の具体的な夢ですね。

────

心さんの友だちも、
あまり大きな夢を描いたりはしないのかな。

藤波

大きな夢を言う人は、あまりいないと思います。
学校の「総合」という授業、
いわゆる道徳の時間に、
「将来の夢は?」みたいなことを発表したりする時には、
「普通のサラリーマンになりたい」とか
「平凡な主婦になって子どもを産んで、
早く孫の顔が見たい」と言う人も結構多いですね。

────

孫の顔ですか!
私が中学生の頃は、孫の顔はもちろん、
「早く子どもがほしい」と言う人も
ほとんどいなかったんですよ。
夢は?と訊かれれば、
手の届きにくい地位や人気のある職業、
もう少し現実的な人でも、
何かの専門職を挙げる人のほうが圧倒的に多かったんです。
だいぶん違いますね。

藤波

今は素朴というか、
あたり前の将来を描いている人のほうが
多いんじゃないかな・・・・・・。
少なくても私のまわりはたぶんそんな感じだと思います。

────

そういう将来の描き方は「夢がない」と感じますか?

藤波

いえ、そうは感じないです。
有名になったりお金をたくさん稼ぐことが
すべてじゃないと思うし、
震災以降、あたり前のありがたさに気づかされたので、
「普通のサラリーマンになる」とか
「平凡なお母さんになりたい」という思いも
大切だと思いますね。
ただ、今のお話を聞いて思ったんですけど、
手の届きにくい夢を持って、
それに向かって一生懸命にがんばってみるのも
経験として大事なことですよね。

「弱い者を守る心」が私たちの希望

────

心さんは以前ブログに
「希望というのは、人間にとって
一番大切なものを気づかせてくれるものなんじゃないか」
と書いていましたよね。
そのことについて、もう少し教えてもらえますか?

藤波

私たち人類と動物との違いって
結構たくさんあると思うんですけど、
人類は進化のなかで、弱い者を守ったり、
お互いを助け合う能力を持つようになったと私は思っていて、
そのためにいろいろなルールを作ったのが
国というものだと思うんですね。
だから、弱いものを守る心、
お互いを助け合う精神というのが
今の私たちに与えられた希望じゃないかと思います。
そのいっぽうで、今の日本・・・・・・ほかの国も
そうかもしれないけど、
もともと動物が持っている弱肉強食という
本能の世界に戻ろうとしている感じがして。
勝ち組とか負け組とかというのを見ていると、
そう感じるんです。

────

弱い者が淘汰されてしまうのが動物の世界だけれど、
人間は弱い者を守ろうとする能力、資質がある。
それが人間にとって一番大切なものであり、
その存在に気づくことが人間にとっての希望・・・・・・
ということですね?

藤波

そうですね。
少なくても今の日本にとっては
それが一番大きな希望なんじゃないかと思います。
今はこうやってぐちゃぐちゃになってしまっているけど、
たとえば原発の問題にしても、
同じ志で信頼し合っている仲間だとか、
弱い者を助けようという気持ちで
がんばっている人もたくさんいて、
私たちは助け合おうする気持ちを絶対に持っていると
思うんですよね。
なので、みんなでそういう気持ちを思い出して、
もう一度しっかり明るい未来を、
いい日本を創っていかなくちゃと思いますね。

────

そう思います。
そして、心さんの世代にとって
希望と並んで語られるのが夢だと思うんですね。
夢についてはさっきも話に出ましたが、
昨年12月に民主党の小沢一郎さんが自由報道協会で
会見をおこなった際、
高校生からの「若者に望むことは何ですか」という質問に、
「さまざまな情報を自分で判断し、自立してほしい」
ということと、もうひとつ、
「夢や志を持ってほしい」と答えていたんですね。
このメッセージを、心さんはどう受け取りますか?

藤波

私、戦争の時代のことはわからないし、
今の日本と戦時中とどっちがつらいのかも
わからないんですけど、
戦時中という大変な時代にも、
夢や希望や何かしらの志を持ってがんばっていた人は
絶対にたくさんいたと思うんですよね。
今の日本も受けとめがたい事実や、
いろんなものを信じられなくなってしまった現状は
あると思うんですけど、
やっぱり夢や希望を持ってがんばるのは必要なことだと思うし、
そのためにも「諦めない」ということが
これからは大切になってくるんじゃないかと思います。

────

諦めない。

藤波

私自身のことで言うと、
私は今、脱原発の活動に力を入れていますけど、
この問題はたぶん長期戦になってくると思うんですね。
そして、諦めたらそこで終わりだと思うんです。
正しいと思うことはきちんと声をあげたり動いたりして、
思いを持続させていかなくちゃいけないと思ってます。
でもきっと「諦めない」という気持ちは、
普通に日々を送りながら人生を歩んでいくなかでも
とても大切なものなんだろうなって感じますね。

────

では最後に、この質問でインタビューを終えたいと思います。
心さんは今、15歳ですよね。
10年後、あるいは20年後、
どんな世界に暮らしていたいですか?

藤波

そうですね・・・・・・さっき言った、
弱い者を守ったり、お互いを助け合える世界で暮らしたいです。
正直なところ、震災以降は
大人のひとを頼りないと思うようになってしまったんですね。
もちろん大人は私の知らない経験をしているし、
頼りになるところもあるけど、
残念ながら、この数カ月の間で
たくさんのものを信用できなくなってしまって・・・・・・。
でも、大人は頼りないと言っていても何も変わらないし、
私が暮らしたい世界は
誰かが創ってくれるものじゃないんですよね。
私たちが生きていく未来なんだから、
他人をあてにするんじゃなく、私自身で、
みんなで協力して、
より暮らしやすい世界を創っていけたらと思ってます。